デザインすることは、決して机上だけの話ではない。それはもしかしたら未来の話かもしれないし、新しい社会のための架け橋かもしれない。株式会社MINT TOKYOの代表取締役を務める池淵智彦氏は、同時に社団法人CORD PROJECTの代表としての顔を持つ。今、スポーツ教育や支援事業に注力する理由とは何なのか。また、自身が考える今後のスポーツ業界の形とは?スポーツを通じて社会をデザインする池淵氏に話を伺った。
きっかけと想い
――代表取締役を務められている株式会社MINT TOKYOでは、グラフィックや空間デザインからイベント企画まで、幅広く事業を展開しています。そこではブランド中枢の広告のアートディレクターなどを務めていらっしゃいましたが、すでにデザイン業界で経営者としての地位がありつつ、今スポーツ事業に参入したきっかけとは?
コロナ禍がターニングポイントだったと思います。全国民、全世界の人々が活動制限をされる中、自分ができることってなんだろうと考えていました。そんな時、テレビでインターハイや全国大会が廃止になると報道されていました。それを見て、大会を目標にしていた子たちがいたたまれないなと感じたのです。子どもたちからスポーツを取り上げてはダメだなと。そこで、子どもたちとスポーツとの接点を作りたいなと思い、オンライン指導を始めました。やはり最初はなかなかうまくいかないこともありました。やっていく中で、子どもたちのスポーツ教育の環境そのものが歪になってることに気づき、しっかりと腰を入れてやらなければと思ったので社団法人として本格的にスタートしました。
そしてこれからは、スポーツそのものの意味が変わってくるのではないかと思っていて。昔、デザインという言葉って、すごく平面的なグラフィックだったり、空間だったりというものを指していたじゃないですか。それがコミュニケーションデザインとか、経営デザインというものにも使われるようになりました。スポーツもそんな風に、思想的・思考的になっていくような気がしますね。そうなることによって、 世の中のウェルビーイングみたいなことは実現されるのかなと思います。
――ロールモデルとなる人物がいると聞きましたが?
日本のスポーツの発展に尽力された嘉納治五郎先生を尊敬し、目標としてます。嘉納先生は日本体育史において重要な人物です。日本の初めてのオリンピック参加に尽力したり、色々な可能性を引き上げてくださいました。嘉納治五郎先生が発展させたスポーツを、革新的にアップデートしようと思ってます。今スポーツ教育業界が混沌とする中で、嘉納先生が可能性を引き上げたように、 僕も嘉納スピリッツを意識しながら新しいチャレンジをしたいです。
スポーツを通して社会にアプローチをかける「CORD PROJECT」
――CORD PROJECTでは、現在どのような活動を行っていますか?
CORD PROJECTは地域スポーツや障害者スポーツ、社会スポーツやアスリートへの支援を行う団体です。「全ての子どもに平等なスポーツ機会を提供する」ことを目指し、子どもたちのための心身の育成に必要なスポーツ教育を提供しています。
――先ほどスポーツそのものの意味が変わってきたというお話がありました。CORD PROJECTとして、例えばこれまで中学校・高校の教員が担ってきた部活動の指導を地域のクラブ・団体などに移行する「部活動改革」問題についてはどのように思いますか?
地域の部活動改革というのは、日本の地域のスポーツインフラになる可能性を秘めていると思っています。そこには2つの重要なキーワードがあると思っています。1つめは民間企業が手を挙げて関わっていくこと。その中でもスポーツ産業ではない産業が手を挙げて参画することです。スポーツ産業だけではスケールしづらくなるし、一歩間違えればガラパゴス化してしまいます。色んな要素を盛り込んで、スポーツという側面だけではなく、ヘルスケアやライフスタイルなど、あらゆる視点で様々な企業が参画する必要があるなと思います。
2つめは、実業団と連携をしていくことです。スポーツ選手の社会活動が問われる今、Jリーグのような大きな組織は、独自の取り組みで先進的に地域支援に取り組んでいます。しかしマイナーといわれるスポーツの団体は、どうしても社会活動まで手が行き届かない。その価値がなかなか認めてもらえない現状があります。そういった団体が部活動改革をはじめとした事業に参画することで社会貢献できるようになり、地域間交流が生まれるのではないか。そのステークホルダーとして、民間企業の参入と、実業団の参画に重点を置いていきたいと思っています。
――これまでの部活動のように、チームメイトと共に大会を目指すようなシーンは減っていくように思いますが、生徒のモチベーションはどう維持しますか?
今、勝利至上主義をやめようという動きが非常に盛んになっています。もちろん3年間みんなで汗と涙を流す青春というのも、それはそれで良い部分があると思います。しかしそのために犠牲になるものがあるかもしれない。30人部員がいる中で、レギュラーは9人だけとなった時、レギュラー以外の子たちの青春とはなんだろうかと。勝利が何かの犠牲の上に成り立っているのであれば、もっと選択肢と幅を持たせた方がいいなと思います。そして、そのためのカスタマイズが必要だなと考えています。
――勝ち負けよりも、体を動かす楽しさやマインドの教育につながるような活動をしていきますか?
そうですね。日本では“スポーツ文化”や、“スポーツライフスタイル”が定着してないなと思っていて。例えば小学生から野球やってる子は、休みの日も他のスポーツではなく野球をしていますよね。しかし、多くの交流を図るためには、その分色々なスポーツ体験が必要だと思うのです。そのための文化作り、企業作りっていうのをやっていきたいです。ロサンゼルスのビーチ沿いでは、 ビーチバレーやってる人もいれば、サーフィンやってる人がいたり、ヨガをやってる人もいて、年齢の幅も広く、身近にスポーツがあります。日本でもそれに近づけるような、一歩踏み込んだスポーツ体験を提供できればなと思っています。
社会貢献を通じた資金の確保
――そのようなスポーツ活動を行うためには資金が必要だと思いますが、経営者として第一線で活躍してきた池淵さんならではの資金を募る方法と、そのために工夫していることとは?
現在は、寄付と企業のスポンサーで資金を募っています。寄付をした人たちの統計を読み解くと、社会や地域に対して実際に何をやっているか、ということが非常に問われてることが分かります。子どものスポーツを通じて、社会にどのような影響をもたらすのか。例えば障害者スポーツを推奨していくことが、社会の豊かさや地域の活性化に繋がっていくということなど。いろんな価値がある中で、独自の視点をしっかりアピールして、寄付を募っていこうと思っています。
思想的・思考的になるスポーツ。そこから生まれる社会デザインとは
ーースポーツをデザイン的観点から捉えるアイデアが面白いと思いました。今後のスポーツ業界はどうなっていくと考えますか?
スポーツを通じて地域をデザインするということが、独自に持つ視点の一つです。スポーツをすることで得られるのは、体が強くなったり、足が速くなったりすることだけではありません。スポーツ人口を増やし、スポーツを通して世代間交流を行って町を元気にできる。そこまでビジョンを持ってやってる団体は、残念ながら少ないなと思っています。どちらかというと自分たちのクラブが強くなること、会員が増えることが目的になってるところが多くて。だからこそ、スポーツを通じてできる社会課題解決に重点を置いています。スポーツの評価が勝ち負けではなくて、楽しむということにシフトされていくのかなと。そして、そうなっていけばいいなと思います。
例えばダンスのような競技がもっと盛んになると思いますね。また障害を持ってる人たちは、どのようにスポーツを楽しんでいくべきなのか。そこでようやくインクルーシブスポーツの領域に進めるのかなと思います。パラスポーツであったりデフスポーツであったり。各団体が頑張っていると思うのですが、もっと大きい視点を持てば、さらに日本のスポーツは大きく進むのかなと思いますね。デザインを通じて、新しいスポーツのカタチを広げていきたいです。
◼️池淵智彦 PROFILE:
1982年生まれ / 福岡県出身 / 株式会社MINT TOKYO 代表取締役 / 一般社団法人CORD PROJECT 代表理事