EVENT|「Maison Margiela」Artisanal 2024 痕跡の解剖と拡張が紡ぐオートクチュールの新たなる様相
Photo: Courtesy of Maison Margiela
「Maison Margiela」は2024年1月、パリオートクチュールウイークスケジュール最終日のフィナーレにて発表された2024年アーティザナルコレクションを拡張した特別展示を東京で開催。恵比寿にあるメゾン マルジェラ トウキョウの上階では、この壮大な作品群の多角的な「ポスト・モーテム(事後解剖)」によって、クリエイティブ・ディレクターのジョン・ガリアーノが描いた独創的なクリエイションの層を剥がすようにディテールを解剖していく。
Photo: Courtesy of Maison Margiela
ガリアーノ本人によって考案されたこのエキシビションは、2024年2月にパリのエタ=ユニ広場にあるメゾンのヘッドクオーターで行なわれたプライベートビューイングを発展。初期のインスピレーションから、実験的なテクニックを駆使したクリエイション、そしてルックを通して語られるストーリーまでを辿ることができる。本インスタレーションとメゾンの日本のコミュニティのために特別に用意されたガリアーノによるオーディオガイドによって、コレクションの背景や物語、技術的なディテールについて、かつてない没入感を味わうことができる。
オーディオガイドのイントロダクションにてガリアーノは、この創作の本質的なステートメントである「“Would you like to take a walk with me… offline?”(オフラインで、私と一緒に歩きませんか?)」を冒頭に、以下のように語っている。「意識を巡らせ、その瞬間に立ち会い、今まではスクリーンの中でしか見たことのなかったものを、ご自身で目撃してください。」「このエキシビションのために制作されたオーディオガイドがショーの道しるべとなり、メゾン マルジェラのアトリエへ、つまり私たちのクリエイティビティの原動力であるイマジネーションが現実となるパリの実験的オートクチュールラボラトリーへと、あなたを誘うことを願っています。」「メゾン マルジェラに脈々と流れる先駆的なクチュールの中に、私の心を揺さぶったインスピレーション、キャラクター、そしてそれらが具現化した姿をご覧いただけます。どうぞ本展をお楽しみください。ありがとう、感謝を込めて。」(一部抜粋)
Photo: Courtesy of Maison Margiela
2022年アーティザナルで発表された「Cinema Inferno」然り、ストーリーテラーとして抜群の旨味を軸に、個人の審美眼や回想、そしてメゾンに流れるDNAを現代に昇華させる手法がガリアーノの創作における常套句であることは違いない。今回の2024年アーティザナルにもその匂いは感じさせるが、より本質的な装いという視点そのものや、それらが現象となるまでの微細なニュアンス、現代に対する疑念や考察が精巧に成されている。
Photo: Courtesy of Maison Margiela
起点となっているのが服を着るという行為。それをある種の儀式と捉え、自己を構成する大事なエレメントの一つとして、身体をキャンバスに擬え、内なる“存在”を表現するその外面、つまり感情の形を構築している。それは、我々の衣服に反映されている性格を形作る慣習や出来事、つまりそれらの意識に基づいた内面の探究ともいえる。例えば、プロテーゼで支えられたモデルの体型を変容させるコルセットは彫刻的でありながら、それを外すと痕がしっかり残ることで、感情的なフォルムの物理的な表現になり得る。服の痕(跡)の下に何があるのか、彼らの家(精神世界)の薄暗い窓の背景には何があるのか、を微細に辿る創作過程でもある。
Photo: Courtesy of Maison Margiela
作品に通貫する存在と感覚についての技術的かつ哲学的な研究が色濃く出ているが、ハンガリー系フランス人の写真家ブラッサイのパリの夜を盗み見したかのような肖像写真は気づかない周囲の環境を表層化させることで、見る者の思考を緩和させる。それは、神経を集中させるという意識の拡張ともいえる。20代に報道写真を撮り始めたブラッサイは、ブカレストからパリに拠点を移して以降、役者、芸術家、労働者、娼婦、そして恋人たちの写真を撮るためにパリの夜を練り歩くことで、彼らの存在と感覚を許容し、同じような信条を持つアーティストと交流を持つことで、写真の次元を問わない多元的な情報伝達に恰幅を与えた。壁一面に展示されたリサーチブックがその形跡を物語っている。
他方、画家の作法もオートクチュールの技術を通してその探求された着こなし(=スタイル、所作、佇まい)の儀式の研究の盤石なフレームとなっている。オランダ系フランス人の画家であるキース・ヴァン・ドンゲンの流儀であるフォーヴィスムは、感覚を重視しながら色彩を感情的に現し、陰影は少ないが、計算された構図であるが故に、モチーフは簡略的という文法がある。この絵画プロセスと衣服を着るという儀式を統合させた技法を始め、今回展示されている25ルックすべての解剖書とも呼べる冊子も添えられている。
アレキサンドル3世橋の下、1920年代のブラッスリーを彷彿とさせる設えに、夜遊びに夢中になる人々が描写された作品群。雨を避け、寒さで凍えてながら前屈みに歩き、ビリアード台に腰掛けて鑑賞者を挑発するかのようなドラマチックな振り付け。ガリアーノのクリエイションには欠かせないムービングディレクターのパット・ボグスラウスキー監修のそれは、痕跡から滲み出る感情を最大化させる。
Photo: Courtesy of Maison Margiela
その純度を間近で見られるMaison Margiela Artisanal 2024 Exhibition Tokyo。暗がりの会場に足を踏み入れると、ブラッサイの代表作の一つマダム・ビジューのポートレートが鏡に浮かび上がり、ルックの特性に合わせた展示手法はこの会場のために特別に作られた。先述した壮大なインスピレーションウォールを始め、細かな文献素材の分解を再製本したスクラップブック、ガラスドームの中にはクリスチャン・ルブタンとの協業の契機となったミュージカル映画『赤い靴』(1948年、エメリック・プレスバーガー監督作)に因んだソールのない赤い靴が飾られている。またキャビネット・オブ・キュリオシティ(好奇心のキャビネット)の中身を堪能した後、2階に下がると、2024年9月30日(現地時間)にパリ8区シネマ・ル・バルザックにて上映された、ガリアーノによるオリジナルストーリーをベースにしたホラー作品『NIGHTHAWK (ナイトホーク)』の一部映像の他、本展のための特別編成による15分強の映像作品が鏡張りの万華鏡のような空間で上映された体験型インスタレーションのような没入感を得られる。
『NIGHTHAWK』内でも描かれていたが、2024年アーティザナルコレクションは高級注文服を作品群にした単なる1シーズンというファッションのサーキットの枠組みを飛び越え、メゾン固有の新たなフレームを獲得している。その痕跡から感じ取ることができる拡張と解剖は今尚世界中に影響を与えている。あらゆる領域のクリエイティブコミュニティーを巻き込み、創作を再解釈させ、映像やマガジンのエディトリアル、華やかな社交界、そして本展のような特別な展示にまで派生させている。それはガリアーノの「私がこの体験、つまりこの多角的な解析に基づくエキシビションを創り上げたのは、2024年『アーティザナル』コレクションに生命を吹き込んだストーリーテリングと技術的知識を、世界中にある私たちのコミュニティと個人的に分かち合いたいという思いからです」という言葉にアッサンブラージュ(寄せ集め)されているのではないだろうか。ガリアーノ個人だけではなく、「Maison Margiela」というメゾン創立より脈々と受け継がれる時代を超越した普遍性が新たな様相を呈した集合でもあること。その全篇を確かめることができる機会となっている。
Maison Margiela Artisanal 2024 Exhibition Tokyo
住所: 東京都渋谷区恵比寿2-8-13 キョウデンビル2-3F(メゾン マルジェラ トウキョウ上階)
日時: 2024年11月2日(土)〜24日(日) 11:00〜20:00(19:30最終入場)