FEATURE|現代アーティスト・淺井 裕介 天王洲の新たな壁画制作に挑む

Photos by Yusuke Suzuki
梅雨にもかかわらず、連日の猛暑に明け暮れた6月。アートの街として発展を続ける天王洲アイルで、「TENNOZ ART FESTIVAL 2025」の作品として、幅45m・高さ24mという壁画プロジェクトが進んでいた。
2週間という限られた時間の中で天気に左右されながらも、新作壁画の完成に向けて制作に励む現代アーティスト、淺井 裕介。
描画工程の最終日という佳境の中、巨大作品に対する思いを聞くことができた。

巨大スケール作品を制作するにあたって
ーーアーティスト活動のベースにある思い
「今、自分がいる場所が絵を描く場所」というスタンスで活動しています。それぞれの場所に適した画材と手法を見つけてそこで描く。なのでアトリエのような室内にこもった制作にとらわれず、可能な限り自分のいる全ての場所で活動しています。その結果、屋外などの公開制作を多く手掛けることになりました。意識して表に出たというより自然の流れでそうなったという感じです。
ーー巨大キャンバスに向かう際の心情
とても大変な作業ではあるので、ネガティブな気持ちがないというと嘘になるかもしれません。でもこれだけ大きな壁に絵を描けるのはそうそうあるチャンスではないことと、たくさんの方の協力がすごくありがたくて。1人では成しえない計画以上のものが生まれてくるんです。
パソコンで描いた絵をそのまま写すようなやり方だと面白さに欠けてしまう。今回の作品は、手描きの構図を元に壁にアウトラインを描き、着色をしていく段階で細部や周辺に図案を描き加えていきました。現場の中でやるべきことを見つけたり、変化できる環境をみんなで作ることができたという感じです。
大きなものを作ることが特別好きかというとそうでもない。でも、そこには自分の範疇を明らかに超えてくる面白さがある。楽なことばかりだとつまらない、大変な思いをみんなで共有して楽しんで成長していけることが大切なのかなって思います。

ーー壁画の全体像を捉える
身体のスケールが壁画に揃ってくる感覚があります。
「絵描きの目」みたいなものがあって、だんだん俯瞰して全体像が見えるようになってくるんです。この感覚を経験できる機会はあまりないので自分としても面白がってやっています。

寺田倉庫本社の壁面に描かれる新たな壁画
ーー今回の壁画制作におけるスケジュール
制作期間は2週間です。次のスケジュールを考えて、10日間で終わらせると最初は息巻いていましたが、いざ始めると楽しくなってしまって。結局最終日の今日も絶賛作業中です。今も新しく大きな白い葉っぱを追加して、塗っておいてくださいってスタッフにお願いしてきたところです。
当初は、梅雨なので作業日が削られることも想定してシンプルなプランで始めたんですけど、実際に雨で作業が流れたのは2日間だけ、思いのほか晴れ続きでした。であればもっといろいろやれるなと思って手を広げ始めたら、予期せぬ暑さが襲ってきてかなり体力も奪わることになってしまいました。
一緒に作業しているメンバーは、今の状況で絶対に今日で終わるはずないって思っているみたいですが、僕は意地でもどうにかするつもりです。
ーー壁画制作作業と進め方
一般のビルでいうと5階くらいの高さのところに壁面への出入口があって、そこから先は単管で組まれたはしごを上ったり下りたり、足場の上を跳んだり跳ねたりの移動をして壁に描いていきます。

毎日10名くらいのスタッフでローテーションを組んで、グループチャットでやり取りしながら作業を進めています。僕が下絵を壁面に描いて、スタッフに色をつけてもらって、できたらチェックしに行って修正して、また新しい作業をお願いして、という流れの中で、全体の制作管理をしているのですが、仕事を追加するとその分またやってきて、締め切りとともに終わっていく感じです。

完成に向けて進めていくというよりも、むしろ完成をできるだけ一番奥に押し込む。完成しそうになると、まだ完成を迎えないでいるにはどうするべきかを考える。
簡単なところなら密度を増やしていったり、できかけていたものを台無しにしちゃったり。きれいに描けたものを消してバランスを崩してみる、もっと言うと、ある部分を全部消してしまう。そうすることで、また新しいイメージに繋がっていく。
ギリギリまで完成を遠ざけて、本当に完成させないといけないタイミングで閉じる。 それまではひたすら作品を成長させるみたいな感じでやっています。だから終わらない(笑)

ーー作品のクロージングを迎える際の思い
ある程度までは先を考えて焦りながら進めるんですけど、ある一定のラインを超えるといつ終わっても大丈夫っていう気持ちになります。もし中途半端なところがあっても、敢えて完璧にはせず閉じる、やりかけの部分があってもいい。未完成も含めて完成品だと思っています。
完璧を目指すと辻褄合わせみたいな作業になって、絵の持つ勢いが失われてしまう。例えば空白の部分を見た人が「ここには何が描かれるはずだったんだろう」ってイメージを作り出してもらえれば、作品として成功なんです。 完成させないといけないってつい意識しがちですが、例えば植物は花が咲いていても散っていても、その時々の状態で良しとされ存在している。僕の作品の中の植物的なフォルムも、その場所で作られていく形の美しさが出ていればそれでいい。もういつ閉じても平気な状態です。

ーー前回(2019年)作品の龍が新しい場所へ引っ越してくる、というストーリーについて
前作では龍の壁画を描いたのですが、その建物が老朽化で解体されることになり、龍のモチーフはそのまま活かし前の作品も思い出してもらえるような形を取りつつも、新たな壁画を作ろうという流れになりました。

©Tennoz Art Festival 2019 Art work by 淺井裕介
前の建物は運河沿いだったことから、テーマは水、青が基調色でした。今度の作品は、陸地へ龍が引っ越してきて、今まで近くにあった運河の水を受け止める土や大地を感じるような作風にしています。この建物に水が入ってきて、生命がどんどん育っていく。よく見ると、小さな植物の芽がたくさんあったり、石の影に微生物のようなものがいたり。大きな壁面に細い筆を使っていろいろな生き物を描き足しています。
今回の壁画タイトル「何も語るな、何も記憶するな、全て忘れろ」は、そこに語られることのない歴史、記録されない無数の声を逆説的に感じさせるようなものという意味を含んで名づけました。

今回は寺田倉庫ということでアート作品やワイン、貴重なものなどがたくさん眠っているわけですよね。そういったものを包み込んで守っている植木鉢のような存在として、保管庫から芸術文化が育っていってほしいという考えもありました。
前作は運河沿いということもあって視界も開けていたのですが、今回は街の中になるので全景が見える場所がないんです。そうした視野も踏まえて最初にかなり構成を練りました。その結果、ビルを左右に分けてデザインを組むことで、見る場所や角度によって、生き物だったり植物だったり、見え方が異なる作品になっています。
なので、遠くから作品の一部を見て、きっとこれはこういう絵だろうって想像しながら近づいてくると、最終的に全く違うものが現れてくると思います。

ーー今回の壁画の楽しみ方
近くで見てみると細かな生き物たちの物語がたくさんあって、遠目から見ると角度によって異なる楽しみが生まれる作品になっています。天王洲の街の中で、この壁画が見える場所を散歩しながらいろいろな角度から見てほしいです。近隣のビルからの眺めで、ひょっこり龍が顔だけを覗かせているように見えるところなんかもあるんですよ。
一度見ておしまいというより、壁画の中にお気に入りの箇所を見つけて楽しんでもらえたら嬉しいですね。

ーーパブリックアートとの関わり
パブリックアートの存在はその環境を変えてしまうものでもあります。これまで屋外の巨大壁画は10作品くらい手掛けてきましたが「ごめんなさい」っていう気持ちがいつも心のどこかにあるんです。中には見たくなくても目に入ってしまう人もいるんだろうなって。
今回も龍の目の部分で悩んでいます、近くに住んでいる方はこれを毎日見てどう感じるのかなと。制作の最終日ですがいまだにここは葛藤中です。
やるからには、少しでもいいものを作りたい。作品があることでその町や環境をより良くできる、空気清浄機みたいに少しでも気持ちがきれいになれるもの。壁画を見たことで他のビルにも何か絵があるかのように想像力を膨らませるきっかけになってくれるもの。そんな存在になれる作品ができるように、と思いながら毎回パブリックアートの制作に取り組んでいます。

淺井 裕介 プロフィール:
1981年東京都生まれ、東京在住
滞在制作する地で採取した土や水を用いて描く「泥絵」や、アスファルト道路で使用される白線素材のシートを焼き付けて描く「植物になった白線」など、条件の異なったいかなる場所においても作品を展開する。
主な個展に、「淺井裕介展 星屑の子どもたち」(金津創作の森美術館、2024年)、「横浜美術館 新収蔵作品特別展示 淺井裕介《八百万の森へ》」(横浜美術館、2024年)、「yamatane」(Rice University Art Gallery、ヒューストン、2014年)など。
また、「積層する時間:この世界を描くこと」(金沢21世紀美術館、2025年)、「開館30周年記念 MOTコレクション 9つのプロフィール 1935→2025」(東京都現代美術館、2025年)、「A Spirit of Gift, A Place of Sharing」(ハンコック・シェーカー・ビレッジ、マサチューセッツ、2022年)、「生命の庭」(東京都庭園美術館、2020-2021年)、「飛生芸術祭」(北海道、2015-2019年)、「瀬戸内国際芸術祭」(2013-2019年)、「越後妻有アートトリエンナーレ2015」、「ウォールアートフェスティバル」(インド、猪苗代、2010-2019年)など、国内外のアートプロジェクトや展覧会にも多数参加している。