Fondation d’entreprise Hermès|エルメス財団による展覧会「エコロジー:循環をめぐるダイアローグ」のダイアローグ1は崔在銀の個展。環境保護を視座に、知覚し、思考する。そうすることで自然との共生と人間同士の共生の循環が生成される
展示風景より、「新たな生」崔在銀展
エルメス財団によるアートにおけるエコロジーの実践を問う展覧会「エコロジー:循環をめぐるダイアローグ」のダイアローグ1として、「新たな生」崔在銀展が銀座メゾンエルメス フォーラムにて開幕。会期は2024年1月28日までとなっている。
エルメス財団は、2008年にパリで発足した非営利団体。エルメスを母体としながらも、独立した方針を掲げ、芸術や技術伝承、環境問題、教育などに関わるプロジェクトを支援している。「私たちの身振りが、私たちをつくり、私たち自身の鏡となる」という理念を掲げ、2008年にエルメス6代目当主であるピエール=アレクシィ・デュマによって創設されたこの財団。その3代目ディレクターに就任したローラン・ペジョーは、以前は教育分野に携わっていたという珍しい経歴の持ち主。ローランは本展覧会に関して、財団の4つの柱「創造(Create)」「伝承(Transmit)」「連帯(Encourage)」「保護(Protect)」に紐付いたテーマとなっていることを強く訴えかけている。
展示風景より、崔在銀|「ワールド・アンダーグラウンド・プロジェクト」より《大地からの返信》(慶州/福井県)|1986〜1991年
今回の個展を手がけたアーチスト、崔在銀は1953年韓国、ソウル生まれ。76年の来日時に生け花に魅了され、草月流の三代目家元・勅使河原宏に師事。器に花を生けるという生け花の表層を超え、その空間概念や宇宙観を学ぶ。80年代に生命や時間をテーマとした作品の制作を開始。91年のサンパウロ・ビエンナーレ、95年の第46回ヴェネチア・ビエンナーレでは日本代表の一人として参加。2010〜16年まではドイツ・ベルリンを拠点に活動。当時暮らしたアパートのゴミ捨て場に捨てられていた19〜20世紀の古本の、見返り紙や遊び紙を切り取ってコラージュした「Paper Poem」シリーズでは、紙のもとである樹木の時間が、やがて人間の知恵や記憶の時間へと変容していく有様を表現している。自然についての思索を作品化する他、近年は韓半島を南北に隔てる非武装地帯(DMZ)の豊かな生態系を守り、自然と人との共生を探るプロジェクト「Dreaming of Earth project」を展開している。
今回の展覧会は、森美術館の開館20周年記念展「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」との関連企画として開催され、崔の40年以上にも渡る作家活動の一連の流れを個展形式でレトロスペクティブする。
素材、自然に対する作家としての眼差し。
(※2024年2月より、ダイアローグ2として4名のアーチストによる「つかの間の停泊者」展を開催予定)
生け花から始まり巨大プロジェクトを経て再度エコロジーの再考。
新たな形で実践する崔の現在地を垣間見ることができる機会となっている。
この「新たな生」というタイトルに関して、崔はこう語る。「今私たちは新しい考え方を持ちながら、日常の生活の中でモノとの関わりやその価値観を考え直すチャンスだと思っています。「新たな生」というタイトルにはそのような意がある。大量生産、大量消費の結果、今のような現状に直面している現代。「新たな生」は巨大なこと、国家規模で考えるだけではなく、日常に根差しているのです。手でモノを作る。木を植える。食物を育て、それを食す。それは学びを考え直すことでもあるし、人としての営みを見直すことでもあると思う。「新たな生」は、真新しさや新鮮さを示すのではなく、循環の中で育まれる営みそのものを示している。国家の責任ではなく、個人の責任。価値観や思考、想像力を考えるチャンスだと思っている」。
一つの花を生けることで、環境問題という広大なスケールに拡張してきた崔がリアリティーを持って考えるエコロジーと循環に纏わる作品が並ぶ。
展示風景より、崔在銀|《白い死》|2023年
自然の死と向き合うことで、己の無知と向き合い、芸術を通して知覚する
エントランスを抜けた最初の部屋の一つでは、白くなって死んだ珊瑚を用いた崔の新作《白い死》が広がる。これは今年1月、崔が30年ぶりに沖縄を訪ね、これまでは土や森、木に着目してきたが、海に目を向けることに対して今気づかなかった思考を張り巡らしたのと同時に、珊瑚の現状を知覚したことがキッカケで生まれた作品。今現在で90%が死んでいる珊瑚を見て、「作家として地球の現状に対する無知や無関心さに心を痛めた」と崔は話す。そこで沖縄県と協力して借用し、会期終了後には元の海に戻す予定とも。
展示風景より、崔在銀|「ある詩人のアトリエ」より《名前を呼ぶ》|2023年
展示風景より、崔在銀|「ある詩人のアトリエ」より《私たちが初めて会った時》|2023年
展示風景より、崔在銀|「ある詩人のアトリエ」より《内なる光》|2023年
感覚を芸術に、日常を非日常に
「ある詩人のアトリエ」シリーズでは、自然や生命に関して知ること、を実践してきた様子を切り取っている。人間は自分が知っている名前以外の名前に興味を唆り難い。それは、毎朝出会う道端の雑草や花から、絶滅危惧種までの名前を自身で覚えることから始まっていて、木炭まで自然にありふれた素材を用いている。
ドライフラワーは、毎朝の散歩の中で少しずつ蒐集し、押し花に生まれ変えた作品集。これも名前を調べて、見る者に知覚させる。2023年2月から8月までの京都と東京でコレクションしており、まるで日記のような身近に感じる崔の個人的な感覚を芸術に変換することで、壮大な自然を演出しているともいえる。自然に対する認識と思いは、ある種矛盾しており、その中で未来を考えることは可能なのか、という崔自身の挑戦でもあったという。瞑想のように生命体と向き合い、繋ぎ、そして知覚を誘発させることは循環と捉えることができるだろう。
他にも、「World Underground Project」プロジェクトは、世界7ヶ国に和紙を埋め、時間が経った後に掘り起こした作品群。本展では、その中から1986〜91年の間に韓国、慶州と福井県で採取した《大地からの返信》を展示。紙を埋めて色や質感が変わることは、大地からの返事と捉えることもできる。創作を通して、土地の文化や木の姿、食など理解につながり、環境が日常と強く接続していることを実感することができたという。
展示風景より、崔在銀|「大地の夢プロジェクト」アーカイブ展示風景|2015年〜進行中
展示風景より、崔在銀|「自然国家」|2020年〜進行中
韓半島に存在する北と南を分ける非武装地帯(DMZ)。そこには大量の地雷が埋められており、現在も近づくことができない。崔はそのエリアの生態系を守るため、「Dreaming of Earth Project(大地の夢プロジェクト)」を2015年から実施している。
このプロジェクトは自然と国家の関わりという壮大な夢でもあり、現実でもあると捉えた崔は根気強く進めていたが、建築家の坂茂をはじめ、川俣正や李禹煥、オラファー・エリアソンなどが参加。フランスのアーチストで2021年に逝去したクリスチャン・ボルタンスキーもアイデアを受けたようで、空中や地底などあらゆる思索を何通りも企て、生態系を守るだけではなく、崔の作家性の中核を担う真の意味での共生を試みている。その可視化、現実化を進めるために現在も活動を継続。参加者らの構想やインタビューを会場では聞くことができる。
「未来において、自分自身の仕事を種と捉えている」と自分自身の活動を言葉にする崔の構想は決して空想ではなく、起こり得る可能性を秘めた現実的な未来である。この壮大さはステートメントを飛び越え、マニフェストにも近しい。境界線のない自然との共生は、崔の命題でもある。しかし、本当に自然を思うだけで創作に向かうことが共生につながると考えているのだろうか。「木が植えてある自然には国境はない。たとえその土地を分断したとしても支配するのは自然ではなく人間。所有しようとする欲望があるから争いになるのではないか」と語る崔の姿からは自然との共生は人間同士の共生をも問いかけているようにも感じさせる。