BLESS|アイデンティティーを孕んだ「退屈」は、凝縮な時間を生み出し、日常に転がる欠片を敏感に察知させる「仕掛け」は親密さを誘う
Photo: ©︎BLESS
一般的に、我々は何かと自己同一化しようとする生物だといわれている。米国の政治家であるベネディクト・アンダーソンが説いた「想像の共同体」然り、国や都市は我々が同一する最たる例だろう。遥か昔、日本が西洋と直面し、自分たちなりの共同体を作り直さなければならなかった時代があった。では仮に、同一化が機能しなかったとして、その共同体を嫌ったとしたら、何が起こるのだろうか。おそらく人は、他に同一化するものを必要とする。なぜなら、同一化できないと、人は欲望する能力を失い、結果として無気力の状態に陥るからだ。そのような日常は灰色で、退屈、惰性的で気が滅入ることもあるだろう。同一化の対象は、主に象徴的な秩序にある。これをファッションの世界に当てはめるのであれば、ランウェイショーが本当に面白い、と断言できない所以に繋がる。作り手はショー形式というある種の象徴的秩序との同一化を図ろうとするが、金太郎飴式のショーや「時流」とか「流行」とか「今っぽい」といった曖昧な言葉で括られるものが蔓延しているのも事実。退屈や怠惰といった状態には、アイデンティティーの欠如が一つの特徴ともいわれているが、果たして素直に頷いていいものなのだろうか。
創作において、見え隠れする「仕掛け」は、作り手の趣向、アイデア、思索をギッシリと敷き詰めた、まるで玉手箱のようなコンテナとして、我々の目に触れる。例えば、往時のマルタン・マルジェラが仕掛けた空想的な世界。信じ難いほど普通のものしかないにも拘らず、目を疑うほど明確に逆転させる提言が織り込まれていた、といっても過言ではない。勿論、「仕掛け」には遊びの要素が不可欠ではあるが、作り手の趣向が容易に漏れていたり、浅はかさが透いて見える遊び心でならば、一度体験したら二度なくとも、となる。
BLESS: Celebrating 25 Years of Stress with BLESS N°42–N°74. Day 1より
「ブレス」は、デジレー・ハイス(1971年生まれ、ドイツ・フライブルク出身、オーストリア国籍のフランス在住)とイネス・カーグ(1970年生まれ、ドイル・フュルト出身、ドイツ国籍のベルリン在住)が設立したデザインチーム。ドイツのベルリンにて活動をスタートさせ、現在はパリとの2拠点。デジレー、イネス共に別々の大学だったが、同じ時代にファッションを学び、1993年の在学中に出会い、意気投合。1995年に「ブレス」を結成。1996年秋、デビュー作「no00 ファーウィッグ」は、「i-D」「Self Service」「Purple Fashion」といった雑誌から一頁分買い取って掲載した広告がマルタン・マルジェラの目に留まり、その後「メゾン マルタン マルジェラ」のショーでアクセサリーが使用され、瞬く間に名を広げることとなった。しかし、季節のスタイルやトレンドを設定する先駆者になることを拒否するかのように、洋服だけではなく、アクセサリー、インテリアなど多岐に渡る新作を年に複数回発表している。その「ブレス」の創作からは、「仕掛け」が見え隠れする。
時の流れと一線を画すこと。それは、自分たち自身の作品のレトロスペクティブを活性化させるに至ったよう。例えば、昨今のアーカイブブームとは異なり、作品が保存されていく過程そのものをサイトで見ることができる。上記の彼女たちのデビューコレクションは、未だにそこに掲載されており、本人たちが意図しているかはともかくとして、新しい情報だけで埋め尽くされるメディアの在り方に一石を投じるかのようでもある。
そう、在り方という言葉が相応しい。「ブレス」は2006年、活動10周年を記念して書籍「BLESS BOOK」を発表。そのローンチを記念して、カバン・ド・ズッカ南青山店でイベントを開催。「ズッカ」とは過去に「ブレス」の作品を「ズッカ」のショーで使用したことをきっかけに公私ともに親しい間柄となったという経緯があったようだ。その後、2013年には2冊目となる「BLESS BOOK」を発表。タイトルは「BLESS: Retroperspective Home No.30-No.41」。タイトルにもあるように、彼女たちの回顧は、単なる過去を愛しみ、思い出に浸ることではなく、形跡を曖昧且つ明瞭という絶妙な均衡で象ることなのだろう。
その「BLESS BOOK」が10年ぶりに自らの時を動かした。
BLESS: Celebrating 25 Years of Stress with BLESS N°42–N°74. Day 1より
10年ぶりの「BLESS BOOK」発刊。それを記念したイベント「BLESS: Celebrating 2 25 Years of Stress with BLESS N°42–N°74.」が10月28日から30日までの3日間に渡って開催された。ブランドのスタンス的にもしかしたらクローズドな催しはあったかもしれないが、記録されている日本での最後のイベントは、2019年11月。2年に一度、東京、青山エリアを中心に開催されている国際ダンスフェスティバル「Dance New Air」のサイトスペシフィックシリーズ第3弾「no room」。その舞台となったのは、慶應義塾大学三田キャンパスに位置する建築家、谷口吉郎と米国出身のアーチスト、イサム・ノグチが手がけた旧ノグチ・ルーム。「ブレス」は、この公演の構成、演出、舞台装飾を担当。この展示のためだけに製作された代表作、「Cable jewellery」をはじめとした、展示・販売会を「シボネ」にて開催した以来のイベント。
来場者はプレス、バイヤー、「ブレス」関係者含め約100名。時間や場所、内容は直前に発表され、初日の10月28日は上野公園から「BLESS BOOK」が先行販売される小宮山書店までのウォーキングイベントとなった。
このウォーキングイベントは、2022年8月25日に25周年を祝うイベントとしてドイツ、ベルリンでも開催された。ブレスホームベルリンからクンストヴェルケ美術センターまで。その途中、バンドセッションや今回の「BLESS BOOK」のカバーにも描かれているメルセデス・ベンツの内部をサウナに改造したプロダクト「Saunarider」を楽しむなど、濃密な時間を過ごした。その時間を日本でプロジェクションすることに意味があったのだろう。
BLESS: Celebrating 25 Years of Stress with BLESS N°42–N°74. Day 1より
朝10時。待ち合わせ場所に向かうとドレスコードである「ブレス」に身を包んだ集団の異様な光景に、公園を散歩していたり、観光客、出店目当ての人たちは自然と目を奪われる。顔出しをしていないデジレーとイネスが何かを宣言して開始することはないだろうとは思いつつも、関係者が先導するかと思いきや、そんなこともない。いつの間にか散歩は開始された。参加者は、デザイナーたちを気にする素振りもなく、本国チームも特に我々を気にかけることもない。
おそらく20〜30分で行き着くルートを、上野恩賜公園ボート場、湯島・実盛坂、末広町にあるドイツパンマイスターのお店ベッケライテューリンガーヴァルト、神田明神、甘酒で有名な天野屋など遠回りを繰り返しながら目的地に向かう。本国チームが行きたいお店なのかと予想していたが、それらを堪能する彼らの表情からは寧ろ我々よりも手馴れている印象を受ける。
なんてことのない日常。「仕掛け」がないという「仕掛け」。
正当とか前衛とかいう概念の殆どが成立し得ない領域に、彼女たちの創作世界はある。それは我々の日常に転がっている。語り口があるわけでもなく(本イベントにて彼女たちは基本的にインタビューを受け付けなかったという)、何処か間の抜けたような感覚。一見、退屈にも感じるかもしれないが、驚くことに3時間にも及ぶ散歩はあっという間に時間が過ぎ去った。そんな時間は本当に「退屈」だったのだろうか。
BLESS: Celebrating 25 Years of Stress with BLESS N°42–N°74. Day 1より
視座を変えれば、時代離れ、浮世離れに見えても、実はそれとは随分異なる立ち位置で時代の傍観者たちであり、観察者たち的な眼差し、構えているはず。生来の批評家精神を宿しているのかも、というには少々大袈裟だと顰蹙を買う可能性もあるが、止む無く備えてしまうことだってあるかもしれないじゃない。そんなことを思い浮かべていると、ある二人の関係者らしき人物が、こちらを見ながら楽し気に話していため、話しかけてみると「ブレス」に纏わる関係者だった。
BLESS: Celebrating 25 Years of Stress with BLESS N°42–N°74. Day 1より
ドイツのグラフィックデザイナーであり、すべての「BLESS BOOK」のパブリッシング、グラフィックコンセプト、デザイン、エディトリアルを手がけるマニュエル・リーダーは、「BLESS BOOK」についてこう話す。「「ブレス」の世界は他者に触れたあと、スッと飲み込めるわけではないと思う。そのためメディアが重要になると、彼女たちは創立当初から話していたし、それはデビューコレクション(雑誌の広告ページを生かした発表形態)にも現れているよね。メディアは彼女たちの世界に向かうためのアクセスになる筈だよ」。今回の散歩は確かに昨年のベルリンでの散歩を投影することに意図があったのだろうが、上野公園が我々の現在地で、小宮山書店が「ブレス」の創作世界と置き換えれば、この散歩そのものが創作に触れるための導線だったと感じさせる。それに関してマニュエルは「もしかしたらそうかもしれないね。「BLESS BOOK」を触れることだけではなく、それに向かうまでに肝心なのは、そこにストーリーがあることだと思う。創作が人々の体にスッと入っていくための物語形式のアートブックだと思っているよ。それに、尋常ではないスピードで進む現代の時の流れに惑わされることなく、ゆっくり時間をかけてページを捲ってもらおうともしているよ」と語る。
各処に散らばった遊びの要素を超える「仕掛け」は「ブレス」の世界と現実を行き来することで、日常を明確に反転させる。
そんなことをふと考えていると、マニュエルは「ブレスホームもそうだよね」と、隣にいた日本人に話しかけていた。「ブレス」を支持してベルリンのスタッフとなったMitchanはブレスホームについてこう話す。「今まで色々な住人が住んできたと思いますが、イネスは僕に何もしなくてもいいんだよ、と促してくれました。特にルールもないのです。ただ、何かしたくなったらやりなさい、と。僕の主体性や気づきに寄り添ってくれているような気がしました。毎日あらゆる人たちがブレスホームに来てくれて、勿論商品を買ってくれたら嬉しいですが、いきなり来たお客さんに対して僕は食事を振る舞います。僕の家が偶然お店だった、という感覚です」。
BLESS: Celebrating 25 Years of Stress with BLESS N°42–N°74. Day 2より
BLESS: Celebrating 25 Years of Stress with BLESS N°42–N°74. Day 3より
他者を受け入れること。それは、親密な「誰か」が存在するということでもある。小宮山書店のギャラリースペースに到着すると、デニムを筒状にして編み上げたハンモックやオリジナルグラフィックの大判のペルシャ絨毯、そしてアートブックに纏わる映像。書店にはこの地のために用意されたオリジナルのオブジェが装飾されている。またDay 2の渋谷・ユトレヒト、Day 3銀座・森岡書店もその地にあった即興的な装飾がさりげなく展示されている。アイデンティティーのある「退屈」な時間。それは、「ブレス」が25年間寄り添い続けてきた日常そのものなのだろう。購入した「BLESS BOOK」に皆がサインをもらう中で、筆者は、イネスに25年間ずっと想い描き続けているステートメントを描いて欲しい、と野暮なお願いをしてみた。少し困らせてしまったかもしれないが、イネスはサッとこう書き始めた。
「life is inspiration enough(人生は着想の結晶)」。
「ブレス」を知る誰しもが納得する言葉である。その言葉を見たデジレーも笑みを零していた。