FEATURE|​​「ものを見ること」とは。苅部太郎の挑戦

かつて現実を映し出していた「写真」は、生成AIの出現によりその姿を変えた。アーティスト / 写真家の苅部太郎は生成AIのバイアスを利用し、機械に幻を見させて作品に落とし込む。その作品は写真というよりも絵画に近く、観る者の目を混乱させる。
東銀座にあるギャラリー MYNAVI ART SQUAREでは、苅部による新作個展「あの海に見える岩に、弓を射よ/ Aim an Arrow at the Rock in the Ocean」が8月31日まで開催中。苅部が歩んできたこれまでについて、そして生成AIの進化とともに変わりゆく「写真」のあり方や、人間が「ものを見ること」について、会場で話を聞いた。

これまで

――これまで心理学、感染予防、金融、ITの領域を横断したとお伺いしました。様々な分野を経て、写真表現の道へ進んだ経緯とは?

子供の頃から写真が好きで、高校生の時には美大に行って写真を勉強したいなと思ったんですが、色んな事情があって行かなかったんです。それで2番目に興味があった心理学を学ぼうと思ったのが、写真の道から一度離れたきっかけです。

大学時代には、色んなシステムに共通して生じる構造を扱う「一般システム理論」の研究をしていました。例えば経済や国家関係など、世の中にある色々なシステムって、実は構造を抽出すると、パターンが似ていたりしませんか?これはやや乱暴な説明なのですが、家族関係と国家間関係、もしくはご近所関係と地政学のように、似ているもの同士を類推することを扱う概念です。「一般システム理論」を学んでいくうちに、見えないシステムって面白いなと感じました。ひとつのシステムのパターンは色んなものに当てはめて考えることができて、物の見え方が変わるということにも気付いたんです。

その後は金融や感染症、ITの道へとシフトしていくのですが、そうしていく中で、もっと現実を引き寄せて考えたいなと思ったんです。写真って、現場に行って人の話を聞いて、自分で調べたり考えたりしないと世に出せないんですよね。こうしたアウトプットを通して、自分は物事をもっと深く知ることができるのだと気づいて、写真の魅力に引き込まれていきました。

――これまで携わってきた様々な分野での経験は、作品の中に現れていますか?

見えない部分としては、作品のコンセプトに色濃く反映されています。同時にビジュアル自体にもにじみ出ていると思います。例えば、今回の作品はAIによる風景画であり、人間が見て描いたものではないため遠近感や焦点が明確ではないんです。しかし実はそこには人間が認識できない構造が含まれています。そういった意味では、見える部分と見えない部分の両方にシステム的な要素が現れていると思います。

作品に寄っていただくと分かるのですが、これは実はものすごく解像度が高いんです。AIを使って強引に人間が知覚できない解像度にレベルを上げているので、逆に低解像に見えてしまってるというのがこの作品の特徴でもあります。そういう構造の作りも、見えない構造の一つだと思いますね。

――自分の目の前に見えているものが何なのか、よく分からなくなりますね。

人間の視覚って、脳の中でシミュレーションされているんです。見たいものしか見えていない。そういったところについても問題提起したいなと思っています。

「ものを見る」ということ

――「ものを見る」ということについて、どのように考えますか?

人間って視覚的な動物だと思うんです。生き物は単細胞生物からどんどん進化してきましたが、カンブリア紀の頃に光を感知する眼が出現したと言われています。生き物にとって視覚は生きることに直結していて、物が見えれば見えるほど生存に有利なんです。人間の知覚についても、原始時代の「穴居人」がいた頃には完成していたのですが、その時から、視覚の機能は今の人間とほとんど変わってないはずです。そういった脳という“ハードウェア”は変わっていないのに、今自分たちが生きている世界って視覚情報が溢れているじゃないですか。すぐに注意を奪われてしまうし、簡単に騙されてしまったり、印象操作されたりしてしまう。そういったことが今の現代人にとって、「見る」ことに関するジレンマだなと思います。
ハードウェアと環境が合っていない状況で、AIのようなものが人間を掌握することって簡単だと思うんです。そういった中で自分が「ものを見ている」ということを一段上に立ってメタ認知しないと、すごく危ない状況なのかなと思っています。

穴居人による洞窟壁画

現代における「写真」の存在

――初めて作品を拝見した時、写真というよりもペインティングに近い印象を受けましmた。

今回の作品はデジタルインクジェットプリントで制作しています。インクジェットプリントは一種のペインティングなので、いまや写真=ペインティングと言っても良いのではないでしょうか。

――かつて“自然の鉛筆”と称された写真が、現代のデジタル技術によって複雑化されたことでその姿を大きく変えました。これから先、写真のあり方はどのようになっていくと思いますか?

景色や人などをコピーして残すには、昔は絵を描くしかなかったのですが、カメラが生まれたことにより、道具が勝手に目の前のものを描くことができるようになりました。まるで自然が自分で鉛筆を持って描いているようで、当時はすごく衝撃的だったと思います。そういう成り立ちがあるので、大前提として写真は「現実を映しているもの」でした。そういった背景があるからこそ、歴史的な写真や犯罪捜査、報道写真など、信憑性を問われる場面に大活躍してきたのです。それが現代では何でもありの世界になって、本物と偽物の見分けがつかない写真で溢れてしまいました。写真は現実感というものを背負って絵画から枝分かれした歴史がありますが、生成AIの登場によって、また絵画に再接続されたというのが自分の認識です。現実らしさという情報をまとった絵の具が新しくできたような感覚ですね。

これから

――今後の予定と、これから挑戦したいことについて教えてください。

今、造本家の町口 覚さんと一緒に写真集を作っています。それを今年の11月に開催される「パリ・フォト」でローンチする予定です。今回の展示では「AIのバイアスを引き出す」ということに挑んでいるのですが、次の作品はそこに重点を置いて制作しています。

現在の生成AIソフトは、特定の地域において特定の人たちによって開発されていています。多くはアメリカのベイエリアで働くエンジニアによって作られているんです。そういった場所性や、人種に関わる価値観はAIソフトにもろに反映されていて、今それが問題視されています。知らず知らずのうちに自分たちはバイアスに染め上げられた写真に囲まれてしまってるのだということを取り上げていきたいと思っています。

苅部太郎 プロフィール:

1988年愛知県生まれ、東京都在住のアーティスト / 写真家。心理学・感染症予防・金融・ITの領域を横断した後に写真表現を始める。今日の社会の複雑な様相を、メディア技術や知覚システムの根源に立ち戻って再認識する。

「あの海に見える岩に、弓を射よ / Aim an Arrow at the Rock in the Ocean」
会期:2024年8月31日(土)まで ※日・月・祝 休館
会場:MYNAVI ART SQUARE (マイナビアートスクエア)
住所:東京都中央区銀座4-12-15 歌舞伎座タワー22F
時間:11:00〜18:00
入場料:無料
キュレーション:ジャパンフォトアワード
WEB:https://artsquare.mynavi.jp/exhibition/1921/

▪️苅部太郎 × 徳井直生トークイベント
日時:8月22日(木)19:00〜20:00
※詳細情報はマイナビアートスクエアのウェブサイト・SNSにて発信予定

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