FEATURE|作家・原田 郁が語る、仮想と現実の狭間

他者の存在を感じ、日常を新たな視点で捉えなおす参加型の展覧会「日常アップデート」が東京都渋谷公園通りギャラリーにて開催中。今回は6名の参加アーティストのうちの一人、原田 郁にインタビュー。
仮想世界を作り広げながらその景色を現実に描き出す、独自の制作スタイルはどのように生まれたのか。仮想と現実を行き来するようになった理由や、その過程によって生まれる作品、そしてそこに込められる想いについて話を聞いた。

仮想世界の始まりと、そこに抱く想い

――仮想世界を制作し、それを現実世界に描き出すという作風はどのように生まれたのですか?

描きたい対象が見つからなくて、作家を続けるか悩んでいた時期があったんです。その際に、子供の頃好きだったことや、当時の絵にまつわる記憶を手繰り寄せていたら、地元山形の学校の裏山、川辺、神社の境内など、とっておきの場所を探し出し、写生するために足繁く通っていたのを思い出しました。それなら、その描く対象としての環境を自分で作ってみようと思って。当時「どうぶつの森」をはじめとした箱庭系のゲームが人気で、友達が没入しているのを見て「これだ」とひらめきました。その後、色々と探し続け3Dモデリング・ソフト「SketchUp」と出会いました。ソフトを触りはじめたのが2008年末くらいです。我流で学びましたね。そこから仮想世界をアップデートしながら、その風景を描くことを続けて……気づけば15年ほど経ちました。

――この仮想世界は、ご自身にとってどのようなものですか?

「ユートピア」だと思っています。当時、作品を発表する機会が得られなかったため、「この仮想世界にギャラリーを建ててしまえば個展ができちゃうじゃん!」と思い立ち、現実世界で描いた絵をスキャニングして仮想ギャラリーに飾ってみたりして。ただただ個人的に楽しんでいました。理想を叶えられる唯一の場所だと喜んだのを覚えています。
他にも、自分で創作した世界ではありますが、様々な局面で助けてくれる存在だなと感じています。例えば、初めての子育てに制作活動もままならず気が滅入ることがあって、作家人生終わってしまうのかな……などと頭をよぎることがありました。そんな時パソコンを立ち上げれば、変わらない風景がそこにはあって、「まだまだ描ける景色がある。これまでの私が未来の私を待ってくれている。」と勇気付けられました。この仮想世界は実際の形は違いますが、「自画像」でもあるんです。

――これまでに制作されたオブジェクトの中で、特に思い出深いものはありますか?

「ピンクの山」でしょうか。これは息子が4歳の頃、生まれる以前の記憶を話してくれたことがきっかけで。体内記憶っていうんですかね。「大きなピンクの山のてっぺんで、ママがハシゴで登ってくるのを待っていたんだよ」って言ったんです。確かに難産だったし、かなりの長いハシゴを一生懸命登ったんだろうと想像したりして(笑) 。「じゃあ、だいぶ大きな山だったんだね」みたいなやり取りをしていたんですが、次の日には息子はもうその話を忘れていたんです。だから急いで記録しなければ!と思って。
また、この山の隣には赤い円形の構造物が横たわっているのですが、私の非常に親しかった友人作家の作品を再現したものなんです。彼が不慮の事故でこの世を去った後、本人が遺した作品図面を基に仮想世界に再現してみました。ここに来れば、その友人の作品が持つ独自の魅力や才能をいつでも感じ取ることができるんです。

展覧会「日常アップデート」について

――今回展示されるのはどのような作品ですか?

全てこの展示のために作った新作です。15年前の仮想世界の始まりとして、一番最初に創作したのが「積み木の家」だったのですが、今回は原点に立ち返って、この積み木の家から派生させた作品を発表しています。展示会場にある動画を見て頂くと分かりますが、とてものどかで楽しげな空間です。様々な積み木のオブジェが立ち並ぶなか、絵を描くためのイーゼルが点在していたり、広げたレジャーシートには私の好きなアーティストの画集やティーセットが並んでいたりと……リラックスするためのアイテムが見え隠れしています。この風景から今回は大きなキャンバスに3枚、アクリル絵の具で描き出しました。

また他には、ベッドルームをモチーフにした作品があります。この風景は2011年の東北震災以降に制作したものです。当時よく訪れていた場所が壊滅的な状態になって落ち込み、体力を奪われることが多くてずっと寝ていたいと感じるような時期でした。ベッドルームは自分を精神的に守ってくれる象徴の場所として作ったんです。

――この展示で、観る人にどんなことを伝えたいですか?

日常に少し疲れたら、絵の窓の向こう側の世界にふらりと遊びに来て頂きたいです。これには皆さんの想像力をお借りすることになる訳ですが、この場所を自由に散歩して、癒されて欲しいなと。こんな世界があるんだ、心が守られる場所があるんだと気づいてもらえたら嬉しいです。そして、幼い頃に夢中になっていた純粋な気持ち、楽しさや驚きを皆さんの中に取り戻して頂けるきっかけになれば、と思っています。

――今回の開催されるワークショップでは、実際にどのようなことをするのですか?

ワークショップでは、窓の枠がプリントされた用紙に絵を描いて頂いて、それをスキャンしたものを仮想世界内にあるギャラリーに展示していきます。ギャラリーは「インクルーシブな社会」をイメージした円形状で、作品同士が向き合うように空間デザインをしました。いい距離感で、隣の人の心の中を覗きあう、みたいな。SNSのような直接的な言葉ではなく、絵によって互いの気持ちや価値観を伝えあう、優しいコミュニケーションが図られる場が欲しくて。そんな想いからワークショップのタイトルは「共感の窓際」にしました。実際に渋谷の会場に来られない方でも、ご自宅で用紙をダウンロードして頂き、メールで送って下さい。どなたでも、どこからでも参加できるようになっています。

仮想と現実、それぞれの「日常」

――この仮想世界の日常と、現実世界でのリアルな日常は全くの別物ですか?それとも共通する部分があったり?

仮想世界と現実世界を行き来していると、「私の居場所」の境界線が無くなったように感じます。当初は「作った」という意識がありましたが、今では「存在しているもの」として確かなものに変わっています。もちろんここで暮らすことはできませんが、この仮想世界には自分で創作したものや、お仕事で制作したもの、ほかにも様々な痕跡が入り込んでいて、現実が混在しているんです。これは活動日記のようなものであり、アーカイブでもあります。全てが地続きで雑多な感じがするのも、また面白いなと思っています。

――現実世界の痕跡が残っているのを見ると、仮想世界でも「時間」や「空間」を感じられますね

そう思いますよね、不思議です。時が止まっているようにも思えるけど、バーチャルな世界だから果てがなくて、終わりがないんだって考えると、なんか宇宙みたいだなって。

――仮想世界と現実世界を行き来していく中で、新たに気づいたことなどはありましたか?

バーチャルだとしても臨場感が生まれてきて、ただの3Dポリゴンとしてではなく、そこに世界が存在しているのだという認識に変化してきました。もちろん物体も質量もないのですが、確かに存在しているという、不思議な感覚です。例えば「遺跡」のようなもので、考古学者が「昔ここに誰かが暮らした痕跡があるようだ」といった場所には、実際に街や文化が存在したのかな、と想像することに似ています。
さらに拡大して考えていくと、ネットワーク上にデータや情報を残しておけば、後々、私がこの世から居なくなってさらにもっと先の時代、「バーチャル考古学者」のような人が現れて発掘してくれるのではないか……などと妄想にふけったりしています。この私の仮想世界は、遠い未来の人間と共感とともに繋がれる可能性を秘めているんじゃないかって。想像すると、わくわくします。

――これから挑戦したいことなどはありますか?

私の仮想世界の中で写生大会を開いてみるとか。それぞれに好きな風景を見つけ出してもらい、描いて頂いたら面白いでしょうね。今までは自分一人の風景だったものを、皆さんと共有し、自由なスタイルで描いてもらうのはそれだけで興味深いと思います。
他には、世界遺産の場に行ってみたいです。“オーパーツ”と呼ばれるような物にも興味があります。歴史が残る現場に行き、世界の謎に触れてみたいですね。それがまた私の仮想世界に反映される可能性もありますよね。でも最終的に、できる限りこの仮想世界を広げていきたい、絵を描いていきたい、というのがやはり一番やりたいこと、挑戦したいことです。そのためには、日常を丁寧に生きるということに尽きるのかもしれないですね。

原田 郁(はらだ いく) プロフィール:

2008年頃よりコンピュータ内に仮想の理想郷を立ち上げ、その世界で目にする擬似体験の風景を主に絵画として描いている。現実と仮想世界の融合が観客を新たな体験へと誘う。主な展覧会に「MOTアニュアル2023:シナジー、創造と生成のあいだ」(東京都現代美術館、2023年)、「多層世界の中のもうひとつのミュージアム」(ICC[東京]2021年)、公開制作「もうひとつの世界 10年目の地図」(府中市美術館[東京]2019年)など。

「日常アップデート」
会期:2024年6月15日(土)〜9月1日(日)
休館日:月曜日(7月15日、8月12日は開館)、7月16日、8月13日
会場:東京都渋谷公園通りギャラリー 展示室1、2、交流スペース
住所:東京都渋谷区神南1丁目19
時間:11:00〜19:00 ※7月19日、26日、8月2日、9日、16日、23日、30日の金曜日は、サマーナイ
ミュージアムにつき21:00まで開館
入場料:無料
出展作家:飯川雄大、関口忠司、土谷紘加、原田 郁、宮田 篤、ユ・ソラ
展示グラフィック:田部井美奈
主催 :(公財)東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 東京都渋谷公園通りギャラリー 展覧会
WEB:https://inclusion-art.jp/s/update

原田 郁 ワークショップ「共感の窓際」
開催日:2024年6月15日(土)~7月28日(日)
会場:東京都渋谷公園通りギャラリー 展示室2
入場料:無料
「共感の窓際」WEB:https://inclusion-art.jp/archive/event/2024/20240615-260.html
※参加者が描いた「窓の絵」は、原田 郁の仮想世界《inner space》内のギャラリーに展示され、8月1日(木)から9月1日(日)は東京都渋谷公園通りギャラリー展示室および展覧会WEBサイトで公開される。

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服に封じられた謎、即刻解いてみせます
但し、最後の一行まで読んでくれるなら

The interview
真理、逆説、仕掛け、設計…
すべてが超一級の現代のミステリオーソたち
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NAMACHEKO Dilan Lurr
mister it. 砂川卓也
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Fashion Journalist Gianluca Cantaro

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