PARIS MENS SS2025|「UNDERCOVER」高橋 盾が仮面の下(アンダーカバー)に重ねた自由と視点
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「アンダーカバー」が約4年ぶりにパリメンズファッションウイークに戻ってきた。「あくまでもショー空間は、現実や僕の日常とも異なる、内なる空想世界」。高橋 盾は以前のインタビュー取材(詳細はQUOTATION FASHION ISSUE VOL.38 P27)にて作品群を描写する世界観について、このように語っていた。時を経て今どのような世界をメンズコレクションで紡いでいくのか。高橋の眼に留まったのは流儀に即したマスカレードともいうべき世界であった。哲学の卵(中世の錬金術師たちが錬金作業に用いていた小さな球形のフラスコ。女性の子宮と類似した)の内なる胎動より聴こえる鼓動のような、低く律動的な響きと呼応するかのように。壁一面が黒幕で覆い尽くされ、招待客が広大な真っ白な壁に映し出されるプロジェクターに映る「Glass Beams」(高橋が偶然動画サイトを漁っていた時に発見したオーストラリアの3ピースバンド)のスタジオライブ映像に釘付けになるような設えに仮面を擁したかのようなモデルが姿を現す。
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「仮面とは可視と不可視を現す」
これはアレッサンドロ・ミケーレが「グッチ」のクリエーティブディレクター在籍時の2019-20年秋冬に表題として掲げていた。それを想起させる作品群ではなかったものの、どこかオブジェのような、異形の人間、異相の男ばかり。「ウィメンズのデザイン要素を取り入れ、中性的なイメージに焦点を合わせています」とコレクションノートには書かれているが、文体以上に異形異相の個性が並んでいる。
リハーサルやバックステージにその仮面の謎があるのかもしれない、恐る恐るではあるが、その面(心の内)を引剥がそうとしたが、そこには次のような想像世界が広がっていた。
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高橋が好んだ選りすぐりのオブジェ…それはアトリエ、葉山の閑静な仕事場、あるいは鋳型のGRACE(高橋 盾が『A MAGAZINE』のために作った縫包みクリーチャー)…ここでは言葉の意味通りの、日常的意味とは異なる象徴的、幻想的な意味を与えようとするものを指すが、それはもしかしたら、夢想の中の部屋の奥の引き出しに眠っているものなのかもしれない。高橋であれば、秘密のイメージの…もしかしたら本人の想像をも超えた超現実的な…貯蔵室を、非現実の中に備えていたとしても不思議ではあるまい。今季の架空の民族の香りに纏わる観念的な物語の発端も、非現実という、超現実的なイメージの貯蔵室より選び出したに他ならない。このような見地から眺めると、突き詰めれば、イメージの作り手、ビジョンの作り手としての高橋の妙味が冴え渡っているといっても、見当違いになるまいと思う。だからこそ、バックステージを覗き込み、仕込んだネタを知っていたとて、カタルシスを抱いたのである。
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仮面が「現実」で、その下に隠された「顔」(アンダーカバー)が見せかけなのか、という命題もそうだが、内部より見られた外部は、時に手袋を裏返すように反転して外部より眺められた内面ということにもなる。高橋にとっては、それは元々同じことだったのではないだろうか。詩を感受する感覚にも似ている。
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註釈を入れておかなくてはならないが、冒頭にて「異形」と形容した。だがこれは、思索的な作家であると同時に、極める付きのレトリシアン(修辞作家、美文家)である高橋に倣って用いた言葉であって、妖を強調する意図はない。ここでは、「仮面」に託された提言、つまりロマンチシズムの本質としての、自分自身であるという自由、パーソナルな視点と嗜好を享受しよう、という高橋の言語外の言及を汲み取るべきであろう。加えて、ロマンチシズムという強さを、既成の概念よりも合理性や真正性で、そしてそれらよりも彼は、今を捉える感覚を以ってスタイルに落とし込んでいる。その深度といったら堪らない。
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他方で、また伝奇的かつ空想的なクラシック、グラフィカルな意匠という大木の影に隠れているから見え難いし、作品群を近視眼的に見れば、「アンダーカバー」流のポップにも映るから尚更、見過ごされそうだが、高橋の知的な工夫の痕跡も見受けられる。それはアナトミカルな一面である。これは、人体的構造、つまり服の構造的な要素と解体という意味ではなく、情緒的な分析を意味する。あれは確か2019-20年秋冬のメンズコレクション「THE DROOG」。時代の鏡ともいうべきモードに対してモードを以って揶揄するかのようなアイロニカルな創作をどこか彷彿とさせるかのようだが、その節はより明解であったように感じさせる。恣意的な横道の話はこれくらいにして、情緒的な分析は憧憬や情熱、そしてその裏返しとしての幻滅や憂鬱を引き出し、そうした自我尊重の情動を、多彩なコントラストで服に落とし込む。これもまたロマンスに根差した解剖とも呼べるのではないだろうか。
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最終的に辿り着くのは、ユートピア的、終末的な幻想なのか。そして、その幻想の根は明らかに高橋の人類の進化の概念とそれに纏わる安らぎ、祈りが込められていると考えて、差し支えないだろう。
Text: Kiwamu Sekiguchi
Photo: Wataru Murakami
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