PARIS MENS SS2025|自らの道徳と原理に回帰する「WALES BONNER」が見つめる遥か遠くの密度の濃い世界
WALES BONNER SS2025
「ウェールズ ボナー」が描こうとする世界は今回も変わらない。変わらないというか、自らの語り口に寓意性を織り交ぜる傾向が増せば増すほどに、それだけ強さが加わり、寧ろポジティブな相乗効果をもたらすのである。グレース・ウェールズ・ボナーはどうやら時空の扉を抉じ開ける鍵のようなモノを握ってしまっているひとりらしい。アフロアトランティック、スポーツ、テーラーリングの文化、概念、歴史、言語。まさにいま彼女が横添えたモノたちを系列化して、集合体としてのみ彼女の世界を理解しようとするならば、恐らく彼女のコンテクストの特異な在り方そのものが見え難くなってしまうように思う。
彼女の語り口は時空として生きている。それが服にも忠実に反映され、固有の立体感となり、その呼吸音が言葉となって今季の舞台となったパリ装飾美術館に鳴り響く。だが、ときにその言葉は、流麗に流れるのではなく、嵌め込まれるべきものである、という真理がある。その伝でいえば、彼女の言葉は、ひとつひとつのルックに、嵌め込まれるべきものとして刻印されていて、その真理を彼女はちゃんと実践しているのだ。天空に望遠鏡をかざし、もっと遠くの密度の濃い外の世界に理想郷を探しながら…。
WALES BONNER SS2025
グレース・ウェールズ・ボナーの観測と定着、理と実には何処かしら隠者めいたジェスチャーが見受けられる。それはキャットウオークを闊歩するモデルが具現し、彼らの些細な所作に現れている。だが、ラジカリズムへの陶酔は覆い隠し難いものがあって、将棋の駒の両面のように、極端なモノが表裏をなしていて、しばしばそれらが剥き出しに現れることがある。創作の部屋に自己隔離しているようでいながらも、世間と通じ合っていて、それならば世間智に長け、俗受けを狙っているのかというと、断固厳格を貫いていて、グレース流の道徳が服に反映されている。そう、彼女には盤石な創作道徳が在るのだ。
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「Midnight Palms(真夜中の椰子の木)」(今季の表題)の中核となっているデイリーライフとナイトライフ、ドレスアップとドレスダウンだけではなく、洗練と粗野、成熟と未熟、正統と異端、現在と過去、主体と客体、光と影、身体と精神、善と悪、西洋と東洋、そして時間と空間…至極当たり前のように我々の内を侵食している「区別」の思想を彼女は恣意的に掻き乱し、問いかけ、囁くように語りかける。そして散らばった欠片を結び付け、彼女が思い描く情景に存在する民装束をイメージして創出しようと試みる。こうした現実を下地にした幻想は、実は時代の産物なのだろうし、幻想自体に彼女はそれほど重きを置いていないのかもしれない。だからこそ、彼女は「いま」を加速させる既製服に宿すのだろうし、現実に根差している。芸術の息吹を感じさせながらも彼女の作品群がアートではない所以がそこにある。ただそのような誤解を恐れることなく、時代との緊張関係を保ち続けることに、イメージと向き合う自我の可能性さえも探究しようとしているのではないだろうか。こうした試みが、先ほど、道徳と記述したが、彼女の内面的原理なのだろう。してみると、単純明快に見える「ウェールズ ボナー」が描く世界観も、納得がいくし、その特異性を過度にクールに語る必要もない。
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また時代離れすることなく、その魅力的な観察の眼も冴え渡る。そのために、自己回帰の手段の一つでもあるカリブの風に身を委ねたようだ。起点となったのはカリブ海に位置するトリニダード出身で、国際的な評価を得たテキスタイルデザイナーであるカリブ系イギリス人のアルフィー・マクニシュと彼女の作品群。その着想からさらに視野を拡張させ、港町や水辺に浮かぶ場所、その周囲で生活をする人々と彼らの潜在的な個性について反芻したようだ。水と装いの結び付きを軸に、航海着や水着を参照し、斑点のある質感や燦々と煌く刺繍、フットワークの機能…また、カリブ海の夜の情景とそこでの生活、そこに忍ぶダークなキャラクターをも投影している。「非常に洗練されたエレガントな仕立てに対するアプローチや、装いのピュアネスやシンプリシティーなど、創作を通した一貫性のある主題を更に探究する上で、本質に回帰したかったのだと思います」とグレースは語っている。また、コレクションノートには「真夜中の椰子の木の下で、身振り手振りや動作が変化し始めます。ルードボーイやロッカーは、布と色に活気をもたらすアレンジメントそのものを刺激します。ソウルフルなキャラクターが牛革のデザートブーツを履き、テーラードトレンチコートは竹の留め具で仕上げられています。実用的なデザインは、解れたシルク、ココア染めのベルベット、磨き上げられたエコーレザーといったエレガントな素材で作られています」とも。
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人が夜に向き合うとき、より人間らしく、動物的であろうとするものだが、ときには強かに、ときには攻撃的な仕草を見せることもある。そんな人間の多様な側面を、スポーツウエア(今季も健在となった「アディダス オリジナルス」との共作)やアウトドアウエアの仕様、作業服や紳士服などの異なる様式を新たな次元に置き換えて翻案することで「ウェールズ ボナー」流の日常着へと昇華させる。そこには何やら曖昧な「私」探究はなく、作品を通貫するのは現代における装いへの提言である。
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我々は自分たちの生活が便利になればなるほど、夢や旅、あるいは自己表現の手段とか、その人の個性やそれらを包み込むオーラによる表現などに重要性を見出すものである。取り分け、装いはこうした知的で精神的な探究家の親密な同伴者なのである。グレースの志向は、また更なる近未来へと誘ってくれるのであった。