世界的に高い評価を受けているストリートアーティスト、RoamCouch(ロームカウチ)。
緻密な型を使って描かれるステンシルアート作品は、人々にインスピレーションや感動を与えると同時に、ときには街の風景さえも変えてしまうこともある。
「誰もが笑顔になるために描き続けている」という彼に、作品に対する想い、クリエイションについて話を聞いた。
interview&text: Toru Hachiga
――RoamCouchとして活動を始めたきっかけについて教えてください。
以前デザイン会社で働いていたのですが病気を患ってしまい、これからどうしようかと悩んでいた時に、妻から「好きなことやったらいいんじゃない」と言ってもらったのがきっかけになります。自分が好きなこと、自分ができること、やりたいことってなんだろうと考えたら、それがストリートアートでした。Banksyをはじめ、ストリートアートのパイオニアといわれる人たちが少しずつ認知されてきた時代で、ファッションカルチャーや音楽カルチャーの影響を受けてきた自分は、そういった世界観であれば絵を描くことができるのではないかと思い作品を描き始めました。
最初はどうしていいかわからない手探りの状況でしたが、描いた作品を誰かに観てもらいたくてTwitter(現在X)にアップしたりしていました。小さなギャラリーやWebギャラリーで作品を扱っていただけるようになり、2012年ノルウェーのオスロで開催されたアートフェスティバルに日本人としてただ一人選ばれて参加したのが大きな契機となりました。そこから海外を中心とした企画展などのお話をいただくことが増えてきて、ロンドンのストリートアートの登竜門といわれているギャラリー Graffiti printsに所属しました。作品を発表して、壁画を描いて、プリントをリリースして完売して、また次の作品を描く、同時にいくつかのアートフェスティバルに参加するなど、本格的にアーティストとして活動を始めたのは、その頃になります。現在はニューヨークのギャラリーに所属しています。
Rainbow inc./Brooklyn bridge – Winter Edition
Rainbow inc./Sepia Edition
――肩書きというのはあまり意味がないと思うのですが、あえて聞かれたらなんと答えますか?
ストリートアーティストが多いかもしれません。ステンシルを使うので海外ではステンシリストといっている人もいます。昔は肩書き的なことにこだわっていた時期もありましたが、今は気にしていません。私のステンシルはものすごく細かいんですね。そういった細かい技術的なところをつきつめていくと、その手法そのものが「どうだすごいだろう」ってなってしまって。それがあまり好きではないんです。ステンシルは表現するための手段であって結果だけに注目してほしい。ステンシリストだとステンシルマスターといわれるような人もいますけど、でも私たちは違います。
ストリートアートをやっている人には大きく2種類あって、壁に描く「ライター」と呼ばれる人たちとそうでない人。「ライター」は前衛的な自分の気持ちを壁に描いて表現しているのですが、でもそういう人たちの多くは営利目的だったり、排他的な人たちが多いんです。私たちのスタンスはそちら側ではありません。有名なアーティストが、制作活動の最初は壁にグラフィティを描いていたとしても、それをずっとやっている人はあまりいませんよね。ただ壁に描くだけではなく、アーティストとしてのスタンスや考え方のほうがより大切だと思うんです。
――RoamCouchさんの故郷である、岐阜県安八町で始めたEmotional Bridge Project(エモーショナル・ブリッジ・プロジェクト)」について教えてください。
Emotional Bridge Projectは2014年から始めました。私の故郷である安八町の壁や建物などに作品を描いています。現在安八町のエリアだけで16作品あって、今後も増やしていきたいと思っています。昔は田舎が嫌いで東京志向だったのですが、先ほど話したオスロで開催されたアーバンアートフェスティバルで、DolkやPobelといった有名なアーティストたちが、誰もいないような山の岩肌や、廃屋の小屋などに描いていたのを観て、これって自分たちの田舎みたいで逆にかっこいいと思ったんです。それで妻と活動の本拠地をどうしようかと考えた時に、ニューヨークなのかロンドンなのか、それとも東京と悩んだのですが、故郷の安八町に戻ってそこを拠点にしようと決めました。その一環として故郷の安八町に自分たちの作品を描いていくEmotional Bridge Projectをスタートさせました。普通ストリートアートって都会でみんなが見るところに描いてあるのですが、まわりに何もない田舎の風景の中に私たちの作品があるとなにより目立つんですよね。そこが面白いです。
――地元の子どもたちが作品作りに参加していることもあるようですね。
7色の星や虹を安八町の子どもたちに描いてもらっています。福島のアートプロジェクトで壁画を描いた時にも何回か子どもたちに参加してもらいました。最初は恐々としていても、実際に描き始めるともっとやらせてほしいって言うんですね。私たちが描いた絵の上に星や虹の型をスプレーで吹くだけの簡単な作業なのですが、出来上がると一部参加しただけでも「こんなすごい絵を自分が描いたんだ」って感動してくれる。子どもたちがアートを観るだけではなく、楽しんで描いてもらうことによっていろいろなことを感じてもらえたら幸せですね。
――モチーフとして星や虹を使っているのには理由があるのですか?
子どもたちや、絵に造詣がない人たちが、理解しやすいように星や虹のモチーフを使うようにしています。星や虹といった造形に恐怖心や嫌悪感みたいなものを感じる人はいないと思うんですよ。子どもや動物を描くのも同じ理由からです。「Rainbow inc.」というシリーズでは7人の子ども、7色の虹を描いて、7色しか使わないようにしていますが、それもわかりやすくて、夢とかポジティブなイメージを伝えたかったからです。私たちの描写はすごく細かくて、 伝えようとすると理屈っぽくなってしまうことが多いので、その反対のポップでコミカルな星とかビックリマークみたいなモチーフを使ってあえて一緒に落とし込むことで、そこに矛盾が生まれるようにしています。
――矛盾ですか?
私たちの表現のテーマのひとつが矛盾なんです。矛盾した美しさとか、何かと何かを矛盾させて振り向かせる、意識させる。それが狙いです。自分がこれまで惹かれてきたものってやはりどこか矛盾しているんです。なので私たちの作品にも観る人を矛盾させたいという隠されたテーマが必ずあります。地元・岐阜の紙といったこともあり、美濃紙を使った作品も作っているのですが、紙は水に弱くて、スプレーととても相性が悪いんです。和紙にスプレーで描くなんて誰もやっていないし、とてもアンバランスなんです。でもそこにも矛盾の論理があって、面白いと思いあえてやりました。
When you wish upon a star/Oxford
Take my heat
――RoamCouchさんの作品に描かれている子どもを見ると、何を考えているのだろう? これからどんなことが起きるのだろう? といったストーリー性を感じるのですが。
映画が好きで、子どもの頃には映画監督になりたいと思っていたくらいなんです。何かを描く時には映画のワンシーンのように絵やストーリーが浮かんでくるんですね。逆にそれがないと描けない。ウルトラマンの作品についても映画のワンシーンのように自分がかっこいいと思うビジョンがバーンって浮かんでくるんです。ウルトラマンは日本で怪獣と戦ってるじゃないですか。でも、自分がパッと思いつくのは、ニューヨークのど真ん中でやってたらかっこいいなと思うシーンなんです。ニューヨークの街中に立ってたらかっこいい。戦っていないほうがもっとかっこいい。空を見上げてたらもっとかっこいいとか。映画のワンシーンとして自分がウルトラマンを撮影するのだったらどう撮るのかみたいな、そういったシーンが思いつくんです。モノクロではなくて、セピア色。自分がかっこよくて見たいビジョンがすーっと浮かんでくるんです。そういうシーンがズバッと出てこないとどんなに考えてもダメなんです。
マーティン・スコセッシや、ジム・ジャームッシュ、ブライアン・デ・パルマ、クエンティン・タランティーノ等々、とにかく映画が好きで、自分にとって映画は先生というか親みたいなもの。ロバート・デ・ニーロとかアル・パチーノなんて、会ったこともないのに自分の父親だと思っているくらいで(笑)。そのくらい映画が大好きなんです。私の絵のビジョンはそういった映画の世界から生まれてきています。
――なぜ、ステンシルアートを選んだのでしょうか?
デザインをやっていたことが関係あるのかもしれないです。ステンシルアートは手作業によるところもありますし、型を利用するという点ではデジタル的な部分もあります。コンピュータを使ってデザインしながらも、アナログの手書きもできるという自分のスタイルに向いている。デジタルとアナログの境界線があまりないのが自分の強みというか。あと日本の俵屋宗達や葛飾北斎などの日本の浮世絵、版画に興味があって。ステンシルアートは版画のベタ塗りにスプレーで陰影をつけているといった点で、版画に似ているところもあると思います。浮世絵を意識して日本女性もよく描いています。
――ひとつの作品を作るのにどのくらいの型を作って、どのくらいの制作時間がかかっているのでしょうか?
絵によって違うのですが、1作品で40型から50型くらい作ります。制作時間に関しては最初は私1人でやっていたので1作品6ヶ月くらいかかりました。でも7-8年くらい前からは妻と2人でやるようになって、時間は約半分です。2人でやるようになってからは常に「これでいい?」と必ず聞くことにしていて、お互いが意見を言いながら作品を作っています。最近は私1人で作ってきた作品と少し変わってきたかなと思います。2人でやっていると先ほど話したようなデジタルと手書きの中間的なやり方ができて、効率がよく、そして1人では生まれない新しい感覚の作品を作ることができます。もし全てを1人でやっていたら体力的にも精神的にも続けることができなかったと思います。
――個展や活動をこれまでやってきて、意識的に変化してきたことはありますか?
絵がわかる人、アートに興味がある人だけが分かればいいという作品は作らないようにしています。 そうじゃない人を引き込みたいという思いが強いです。一般の人とか、できるだけ多くの人に伝えたいし、どんどん広げていきたい。分かりやすさはとても大切だと思います。分かりにくいのはダメだと思っていて。子どもや絵に造詣がない人にも伝わらないと意味がないと思うんです。
昔はコアなサブカルチャーが大好きで、そういった狭くて分かりにくい世界観に陶酔していましたけど、その時と今ではベクトルが全然違うんですよね。昔の自分からしたら悟ったお坊さんになってしまった(笑)みたいな感覚で。絵を描き始めた頃はとにかくかっこいいものを作りたい、描きたいという思いがすごく強かったのですが、やっているうちに方向性が少し変わってきていて。自分がこうしたいという思いよりも、みんなが自分に望んでいるものを作ったほうがいいと気がついたんです。自分が思うよりも、他人を通すことによって違うものが作れたほうがより面白い。デザインをやっていたことも関係あるかもしれません。デザインは自分の表現よりもコミュニケーションが大切で、相手に対して何かを提示してあげる仕事なので。
Rainbow inc./Tower bridge
London CallingLondon Calling
Secret world
――RoamCouchさんにとってクリエイションの源、描き続ける理由はなんでしょうか?
妻をはじめ家族に助けてもらっているからできていることです。私がどうしたい、どんな絵を描きたいということはあまり重要ではなくて、私の絵を見てくれる人が喜んでくれる。大人も子ども笑顔になってくれるために絵を描き続けているのだと思います。それが源です。
――今後やりたいこととかはありますか?
新しい企画やプロジェクトなどがあればできるだけ参加して、私たちが加わることによって何か新しいこと、面白いことができたらいいですし、なによりみんなの幸せのためになることをしたいです。ストリートアートの世界だけでなく、少年時代に憧れていたファッションやカルチャーの世界に自分が関わることができたらもっと楽しいし、嬉しいです。
PROFILE RoamCouch / ロームカウチ
RoamCouch として知られる小川亮は、1976 年に日本の岐阜県で生まれ、ストリートアーティストでもありステンシルアーティスト、グラフィティーアーティストとも呼ばれる。2011 年に「RoamCouch」としてのキャリアを開始し、繊細で精密なハンドカットのステンシルを50枚以上重ねて使用することで、ロマンチックな芸術作品を制作しており、国内外の個展やグループ展で展示されている。 緻密で豊かなステンシル絵画は、ステンシルアートの固定概念を再定義した。 2014年、ニューヨークで初の個展「A Beautiful Life」を開催し、コレクション全商品を完売させるという快挙を達成した。また、2014年に「Emotional Bridge Project」というプロジェクトを立ち上げ、故郷を活性化するために自主的に壁画を描いており、自分の芸術作品を故郷の街の壁に描くことで、人々の呼び込みを試みている。
“QUOTATION” Special Collaboration
ULTRAMAN × RoamCouch
「ウルトラマン」と日本を代表するSTREET ARTIST 「RoamCouch」との
スペシャルコラボレーションが登場!!
バンクシーの 2015 年の終末論的テーマパークインスタレーション「ディズマランド」のインスピレーションの源として広く認められている「ジェフ・ジレット(Jeff Gillette)」と共作を続ける日本を代表するSTREET ARTIST「RoamCouch」と「ウルトラマン」とのスペシャルコラボレーションを”QUOTATION” Galleryにて限定発売。
本作品はQUOTATION.GALLERYで購入いただけます。
関連商品はツブラヤオンラインストアでも販売しております。