FEATURE|私的な部屋から森羅万象の魅惑に耽る菅原ありあの念いと鍛錬。繊細な墨と和紙で描くアナトミカルな大自然の源にある想像世界

FEATURE|Alia Sugawara – Solo Exhibition “Black Water”

Alia Sugawara – Solo Exhibition “Black Water”

都市と自然という背反する場所を行き来していたこともあってか、菅原ありあの作品には相反する要素が混在し、不思議なコンストラクションを生む。混沌としているわけでも秩序があるわけでもない、彼女の脳内を除いているかのような感覚になる。しかも実際の作品は白と黒という明確な色のみで描かれているが、そこから青、黄、赤…多彩な色があるかのような錯覚に陥る。いや、それはもしかしたら錯覚ではなく、菅原の感覚と共鳴できているのかもしれない。インタビューが始まる前に個展内を案内してもらいながら、そんなことをふと思い浮かべながら、彼女に自身の今回の個展とその作品について和かに語ってもらった。

主題の背景にある細部に拘る性質

この個展に至った過程とタイトル、そして着想源について

菅原ありあ(以下、菅原): 個展という明確なビジョンを眼差しながら何を描くかという創作プロセスを構想しました。振り返ると、昨年黒い掛け軸だけで個展をやろうと考えていたのですが、一年前くらいからSAIから個展のオファーを頂きました。会期もこの時期(2024年8月23日〜9月8日まで)も確定していて、まだその時は時間があったので、作品群の全体像を練り直しましたが、やろうとしていたことの本質を派生していった、という感覚です。個展のタイトルに関しては、創作が終盤に差し掛かった頃に決まりました。「Black Water」は自分がイメージしていた展示にピッタリ。元々黒の掛け軸に描きたかったのは海です。その意味は、筆を洗い流した黒い水が着想源でしたし、海の暗い水のイメージもありました。毎日海を目にする機会があるわけではないですが、昔からいつも大切なインスピレーションとなってくれる場所です。頭の中にある海は穏やかで水平線が奥深くまで行き届いています。

マテリアルやメディウムの本質的な魅力を引き立てるために注視した部分は?

菅原: 素材すべてを自分の手で作るまではしていませんが、メディウムだけではなく、自分の身の回りにあるものすべてに拘ってしまう気質があると思います。それはアーティストとしていうよりからは人として、といいますか。細かいところにまで自然と目に付いてしまうのです。例えば、絵を描くにしてもA3のプリント紙ではなく品質に拘りたくなってしまいますし、自分の作品が部屋の装飾の一部になる、もしくは友人にプレゼントすることを事細かに想像してしまいます。それも手法につながっているとも。特定の素材ではないと描けない…ということはないですが、今回の個展だけに関していうと、掛け軸は大事なファクターだったので、ある一定の薄い和紙でないと掛け軸を作ることができないという制限がありました。あとは絵との相性もあるので、和紙の色味ですね。どの作品の和紙も若干黄色味が入っていると思います。裏打ちという掛け軸の裏側に貼り付けている紙もそれによって色味が変わるので、特に注視しました。墨に関しては、少し青味がかったものを使っています。私自身まだ2回目の個展なので、その辺りももっと洗練させることができると思っていますし、ある種実験的な側面もありました。

Alia Sugawara – Solo Exhibition “Black Water”

筆を和紙に付けた瞬間に広がる感覚と壮大な世界

直感的に良い和紙や墨と出会ったとしても、いざ描いてみたらニュアンスが異なったなどの経験は?

菅原: 描き始めた時点で濃さや色合いが出やすい手法なので、最初のタッチで、それが向き不向きに気づきます。粘度やなじみ方といったニュアンスに近しい部分も感覚的にわかります。墨とかも自分が納得しつつ、感覚が合わないと、表装する時にかなり滲むので、良い表情が出なかったりもします。ただ創作を開始した頃から良い墨を使っているので、今のところそういったストレスはないですが、もっと選択肢があるとも思っています。先ほどお話した通り、和紙は掛け軸に合わせていますが、生和紙とドーサ引きの2種を使っています。生和紙はそのままの状態の和紙で、ドーサ引きは糊がトリートメントされているので、墨で描く時に滲んでいく前に止まる。だからハッキリとした形を描きやすいです。しかし、ドーサ引きの和紙は数百年とか経つと独特の黄色味が日焼けに弱く褪せてしまうので、いずれは生和紙だけで描いていきたいですね。

濃淡と霞みで奥行きを出しているようにも感じるが?

菅原: 確かにそれは意識しているのかもしれません。意図した立体感といいますか…ただ、訓練を積んだオリジナルな手法という感覚ではなく、自然に行き着いたと思います。色々な絵を描いてきましたが、最終的には白黒に行き着いた。白と黒だけですから、やはり濃淡や霞みを手掛かりにメリハリをつけることが必要だったからでしょうか。

Alia Sugawara – Solo Exhibition “Black Water”

筆を和紙に付けた瞬間に広がる感覚と壮大な世界

作品に描かれた世界について

菅原: 描く前から頭の中にそのイメージがあります。それは自分の内から外に吐き出したくて描いているという面もあるかもしれません。描きたいイメージが湧き出てくるので、頭の中がパンク状態になります。だから少し書き出すだけでもスッキリします。絵にはそのイメージが忠実に描写されています。モチーフは空想上の物体だけではなく、日常の中にあるものが多いですね。例えば、屋久島に行った時に見つけた枯れた花を写真に残しておき、私の目にはどのように見えているのか、をそのまま絵にしています。脳のモチーフに関しては海月を見ているうちに、そう見えてきて。海月シリーズは継続して描いてきました。最初に描いていたのは海を浮遊する海月。そこから海月の中に木があって、そこで鳥が休んでいたり、花が咲いている。一連となって色を得ていきます。物思いにふけるとそういう風に見えてくるんです。これは幼い頃からなので、理屈では語ることができません。子供の頃は無数の龍の目を描いて、ベッドルームの扉に飾っていたりもしました。毒っぽさに関してですか?…それも子供の頃からそういう世界観を好んでいた影響が大きいのかな。例えば、スティーブン・ガンメル(怪画家と称されていたアーティスト)の絵とかも物凄くグロテスクに見えるけど、面白くも見えるのです。まるで異世界のようにも見えて。そういう本を読むのが好きでした。表現の手法や質に変化はあるにせよ、コアは幼少期から変わっていないかもしれませんね。

掛軸や巻物、屏風といった展示装飾や空間構成について大切にした点は?

菅原: 絵の見え方や空間などは過度に意識していないかもしれません。しかし、このギャラリーの出口近辺に飾ってある作品はこの個展が決まる前に描いた作品なので別として、エントランスから入って最初の部屋ともう一つ先の部屋と小さい掛け軸が展示されている細い通路は、個展が決まってから描き始めたので、この空間を潜在的に意識したかもしれません。描いていく工程は…何もない部屋の何も飾っていない壁をじっと眺めながら、ここに飾るとしたらどういう絵になるか…と朧げだったと思います。それに対して、サイズとか作品数は最初から決めていました。小さい掛け軸の作品に関しては、大きな掛け軸の作品を描き終わった後に取り掛かりました。大きい掛け軸の絵を描いていた時に、それを気に入ったことがキッカケです。絵の出来栄えももちろんですが、掛け軸を作るまでの工程を職人さんと話し合いながら積み上げてプロセスそのものが自分に合っているなと思いました。そこからさらに飾りやすくて気軽さを重視した掛け軸の作品も作りたいなと思って発展させたのがあの小さい掛け軸の作品群です。掛け軸は和室、それも洗練された和風の部屋ではないと合わないと思われがちです。事実、作品によってはそういう空間が適しているものもあると思います。元々ミニサイズのオブジェを好んでコレクトしていたのもあってか、そこに触手しました。小さいサイズの掛け軸は作ってもらうのが難しいのもあってか、最初は断られていたので、自分でその作り方や歴史を学んで、道具とかも試したり。それを経たことで繊細さや微細な技術、伝統、奥深さに触れることができたことで、よりこれを実現させて絵を描きたいという強く感じました。そのため掛け軸の普段使い、日常化は狙いでもありました。額装されている絵を飾ることはありますが。モダンに楽しんでもらいたいと思いがあります。最終的には小さい掛け軸を職人さんに作ってもらうことができました。対話しながら素材を見て、どういう布が良いか、掛軸を止める軸先はどういうものがいいのか、見ながら何度も話し合って。大小問わず、この個展で展示してある掛け軸は絵に合わせたオリジナルの掛け軸です。ただミニは細かいパーツさえもなかったので、すべて一から作ってもらいました。それに合わせて桐箱も通常は茶色ですが、黒の桐箱を作ってもらいました。すべて一点物です。合計で11点作って、1点は自分用に作っていたのですが、気に入ってくれた方がいたので自分の手元にはありません(笑)。

創作に向かう際の孤独な時間や瞑想も今回の作品の重要なファクターだったようだが?

菅原: 最高の時間の一つです。自分の創作に集中するときは、音楽をかけることもあるし静寂の中で作業することもあります。だからその部屋にあるものは整えています。畳を敷いて、卓袱台を置き、お香を炊く。陽の当たり具合とかも細かく。朝方に創作に向かうことが多いので、気持ち良く、何事も気にしないで創作と向き合えます。入り込むと時間の感覚もわからなくなるし、そこがどこだかという意識もない…自分だけの宇宙空間にいるような感覚になります。私にとって呼吸と同じように大切な時間です。ただ、別のことをやっている際も、さっとメモ書きのようにデッサンはします。移動時間中にスマフォでラフスケッチを描いたり。ただ、和紙と墨を用意して描く際は、環境を整えてから始めます。悩んで手が止まることはありません。というのも、乾かす時間は創作の過程の一部なので、その間に俯瞰してみる時間が多いからか、整理してから次に進めるので、描いている途中に止まることはないです。

Alia Sugawara – Solo Exhibition “Black Water”

創作のルーツから明らかになる根源

墨絵アーティストになった経緯は?

菅原: 両親とも英語の講師ですが、その傍ら母は英語を暗記するためのカードのイラストを描いていたり、父は休日に水彩画を描いていました。祖父と叔父、従姉妹も絵を描いているので、それは私にとって当たり前の日常でした。デッサンから好んで初めて、水彩画やイラストレーションを描いている時期もあったり。その後、早稲田大学で数理科学を学んでいたのですが、そこで脳の進化とか動物の行動学も研究していたのですが、そこから民芸に関心が広がって墨や陶芸にも行き着いたことで、人の手で作られたものを重ねて別の創作世界が作られることに面白味を感じて、それを自分の絵に取り入れました。自分のスタイルに合った墨の使い方はすぐにできたと思いますし、最適解だったんだと思います。振り返ると、私自身それを探していたと思います。そしてやっと創作の根幹と出会えた。

次回以降の作品について

菅原: この個展を通して私のベースができたと思います。ここから発展させて、どのように創作世界を拡張していくか。掛け軸や屏風、そのサイズ感などはまだ未知の可能性があると思いますし、もちろん作品の世界観も同時に磨いていく。墨や和紙といった素材も然り。今は竹を原料とした和紙を試しているのですが、色味も良いし、新たなカタチになったら面白いなと思います。展示に関しては焦ってはいないものの、おそらく3,4年も待たずして吐き出したくなると思います。この個展で展示している作品に対して愛着はありますが、次に進みたい気持ちも強い。ある程度纏まったら披露する場を目論むと思います。それは国内だけではなくもしかしたら海外かもしれませんし、そこの枠組みは自分自身で設けないように、自由にその時の気分を大切にしたいですね。

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