TOKYO SS2025|Rakuten Fashion Week Tokyo SS2025 HIGHLIGHT

TOKYO SS2025|差異を生む”ひと”への意識。もはや語ることができないほど、それは多元的なグラデーションとなる

Chika Kisada SS2025 Photo: Yuki Kumagai

簡素と装飾、集と個。単なる視覚のみで捉えようとするのであれば2025年春夏の楽天ファッションウイーク東京はそれで事足りる。だが、果たしてそれだけで充分なのだろうか。感嘆に浸り、褒め称えるだけであれば、今はSNSを始めとしたウェブ上での瞬発的な小言で良きとされるだろう(この稿もまたウェブの記事なのだが)。取材する側と作る側の間で意思疎通を図り、語り継がれる創作というのは、心の奥底まで貫通するほどに刺さる。それに対して、背景や文脈を見据え、イマジネーションを膨らませるというこちらのポーズを示すこともファッションという長い連鎖の環を成り立たせるに違いない。それは他者を思う意識の上で多元的な階調となる。

Chika Kisada SS2025 Photo: Yuki Kumagai

可視化されない物語や心象風景を描く「Chika Kisada」

「Chika Kisada」の幾左田千佳は自らの美の価値、審美そのものを改めて概念化させ、再考と内省を繰り返し、新たに具現しようと試みている。これまでの幾左田の思う美は、目の前にある世界を中心に広げようとする行動によって規定される価値であったが、今季のそれは本質的な美学、つまり彼女なりの意識の中で浮遊するどの史料にも記述されていない物語と心象風景を現実世界に転換させようという試みである。夢は外界より隠され、神秘に包まれた潜在意識が作り上げるものである。夢を実現させるために、幾左田はアトリエチームと技術的な身や手を振り、空想や記憶、伝統的な精神や逸話といったほとんど現在では明らかにされていないものを結集する。夢は過去、現在、未来の自分のその時の気分や感情を経て、伝えられていく。これまで明確な歴史や文化と対峙してきた彼女にとって、夢とは、自分が自分に受け継ぐバトンのようなものであり、その一連の流れに陶酔したのかもしれない。「Toxic(有毒)」や「Catharsis(浄化)」ではない、「Intoxication(陶酔)」という言葉を使った主題には、そういった精神プロセスが解けるような想像をこちらに働きかける作用がある。

Chika Kisada SS2025 Photo: Yuki Kumagai

暗闇の地下室はまるで幾左田本人の精神世界のようであり、チェロの轟音は血液が体内の隅々まで行き届く、心臓の音という合図のようにも感じさせる。服は勿論、映画でも小説でも音楽でも、流行りというものがあって、その時の群衆心理で流行りに合ったものはよく見えるかもしれない。新しいものが出来るという点では認識しても、そのものの価値とは違うし、それはモダニズム(ある種のミーハー)とは一線を画す。やはり自分を晒すより手はない。そういう意味では今季の幾左田には潔さがある。なぜなら、自分は生まれ変われない限り自分の中に居るのだから。小さな棘のように刺さっている記憶を起点に、自らの心象風景より汲み上げた霊的を湛えた創作が、たとえ非現実的で異質であったとて、幾左田の個に裏打ちされている。だから彼女が作る服は強い。その性質は大正〜昭和初期の文学作品のよう。その文体はある程度の客観性を保ちながらも、あくまでも随筆的主観が軸となり、尚且つ流動する。

FETICO SS2025 Photo Motohiko Hasui

「FETICO」が思う秘密は、美に磨きをかけるだけではない…

映画、小説、音楽の流行りに関して前述したが、それらのスタイルは如何だろうか。単純なことを複雑にいう方法ではなく、複雑なことを単純にいう方法である。難しいことを優しくいう方法ともいえる。舟山瑛美が手掛ける「FETICO」の代名詞になりつつあるファムソリッドなカッティングは単純な削ぎ落としではなく、限界まで詰め込んだアイデアを限界の形と色とに絞り上げるかのような作業に見える。それ故に、厳しく鍛え上げられた鋭い外観に反して、本質的な舟山の創作道徳や柔和で親身な抽象観念が独特なリズムとなる。「らしさ」といった曖昧模糊な言葉では片付けられない様相。そういった饒舌さを懐に仕舞い込んでいるのではないだろうか。このようなデザイナーとしての性質が彼女と話す度に確かになってくる。ショーの後の彼女との対話は(多少の笑いは生んだが…)言葉を圧縮したため密度が薄くなってしまったので、ここに明記しておく。

FETICO SS2025 Photo Motohiko Hasui

「ある女性の人生の一部を垣間見ているような感覚。人としての経験や知性、そしてそれ相応の勤勉さ。それは時が経つに連れて積み上げられてしまう。だが、そうしていくうちに秘密が膨らんでくる。それは女性性を作り出すこともあるが、業も含まれることもあるだろう。時々、少女に戻って幼心を取り戻し、オプチミスティックに過ごすことでその秘密は秘密のままで保持することができる。時は残酷なことに、彼女に経験を積ませてしまうが、秘密は彼女を守ることもある」。どのように語るかではなく、何を語るか。舟山は自らの捻出力に更なる磨きを掛け続ける。

SHINYAKOZUKA Photo: Photo: Courtesy of SHINYAKOZUKA

脳内を駆け巡る欠片と嗜好を紡ぐ「SHINYAKOZUKA」

「SHINYAKOZUKA」の今季のランウェイショーには、あらゆるオブジェクトに対して夢中になって掬い集めた奇想の数々が、自ら書き上げた幻想譚となっているだけではなく裏模様として、現実が透けて見える。ブランド創設から10年を迎えた今シーズン。まるで総集篇のようでもあり、とはいっても個人的な、しかも直接的な嗜好の感触が、服や鞄、小物類のカタチとなって現されている。恣意的とはまた違う、ほとんど偶発的にも思える着想に極限まで接近した創作ともいえる。

SHINYAKOZUKA Photo: Photo: Courtesy of SHINYAKOZUKA

オリジナリティーという言葉は常に曖昧さを孕んでおり、依存しやすい麻薬のような言葉である。それが「溢れている」と簡単に発信し、それを回収できないまま、素知らぬ様子で文節を結ぶことは屡々見受けられる。オリジナルな事象は、既成の事象を引用して、横にずらした別注のようなもので、欄外に書かれたメモ書き、備忘録のようである。ゼロから生まれるオリジナリティーが果たして現代にどれだけ存在するだろうか。小塚信哉の脳内にはその瞬間や香り、残響、温度がある。その無数の破片は自身の精神を時に抉り、時に癒す。それを循環させることで独創性と自己同一性を明らかにしてきた。

今季のランウェイショーはこれまでとは打って変わって招待客とキャットウオークの距離が近い。効果的なプロップはなく、分かりやすい象徴的な設えでもない。ただどうも一つの主題に通貫している様子は感じられない。むしろ、モデルたちからは継ぎ接ぎの破片群のように辺りに散り、その感じが異質なだけに、彼が描写する空間を共有する者たちは、奇妙な白昼夢を見ているかのような錯覚に陥る。アングルに準じて様々な味を醸し出す演出は奇怪でぎこちない。それこそが小塚のブリコラージュの特質なのだろう。だが、これも既に回数を重ねることでオーセンティックになり得る。そうなると見てみたいのが小塚の脳内にエラーが起きた時、彼はどのような態度で物語を収束させるのだろうか。それは野暮な願いではないはず。

sulvam SS2025 by R Photo: Kaito Chiba

「sulvam」は時と人をつなぐメディウムに

「by R」(日本発信のブランドを支援する取り組み)のもとで、「sulvam」が3年ぶりに東京でランウェイショーを行なった。藤田哲平が今作る服には斬新さやイフェメラル、オマージュを追求するだけではない幾許かの臨場感がある。このショーは6月に発表している男女混合の作品群と10月に発表する女性服の間に発表するというイレギュラーではあるが、藤田はショーをやるなら東京しかない、という心持ちがある。そこには理想に打たず、カタチよりもコンテキスト、奇を衒った虚構ではない生身の人間、質実に念頭を置いてきた作品があり、それ相応に印象深く映る。歓喜へと続くトンネルを抜けた先にあるのは開放的なステートメント。このショーは文化服装学院の協力によって、現役の学生たちと作った深紅の3着を織り交ぜている。そこにはプロフェッショナルの現場とそこに携わる人たちの精神性を直に感じてもらうための直接的な投げかけがある。それは何者でもなく、ただ直向きに服作りに没頭していた当時の自分と対話しているかのようでもあるのではないだろうか。学生時代、バイクを走らせながら鼓動を高鳴らせくれたDJ BAKUのライブ音がショーに活気を与えたのは偶然ではないはず。

sulvam SS2025 by R Photo: Kaito Chiba

また、モデルキャスティングにも意気が伝わる。ウエマツタケシや遊屋慎太郎を始めとした創設期を支えたモデルから今を彩る新生モデルまで多様な顔が揃った。凛々しくもあり、デリケードだけれど剛健な表情はその生命体に血を通わせ、それは藤田にとっての「装い」そのものとなる。未来という眩い光をブランドのDNAとして捉え、生命、自らを表現する愛、喜び、センシュアルな美しさ、伝統との距離感を作品群に落とし込んでいる。藤田は2022年1月、パリ3区にショールーム兼アトリエを構えており、10月には新たにショップとしてオープンさせる。それには現地の人との密接な関係性を築いていくことを目的としており、「サルバム」の公式ホームページは海外発送が中心となっている。一方で今回の「by R」を通して楽天のオンラインサイトで限定アイテムを中心に国内展開されている。それはこのショーに触れた未来のある若者に服を手に取る喜びと高揚感を感じてもらうためのメッセージともいえる。ブランドの流儀に相応しい感度を妥協することなくキープしながら、品格とノンシャランとのギリギリの均衡を探る。その逞しさは第91回ピッティ・イマージネ・ウオモで発表した2017-18年秋冬にも通ずる行進であり、古い魂や他者の期待を解き放ち、前に進もうとする強い感情を刺激するものに他ならない。

sulvam SS2025 by R Photo: Kaito Chiba

>QUOTATION FASHION ISSUE vol.40

QUOTATION FASHION ISSUE vol.40

The Review:
FW 2024-25 WOMENS / MENS
PARIS MILAN LONDON NY TOKYO
COLLECTION

服に封じられた謎、即刻解いてみせます
但し、最後の一行まで読んでくれるなら

The interview
真理、逆説、仕掛け、設計…
すべてが超一級の現代のミステリオーソたち
Y/PROJECT Glenn Martins
NAMACHEKO Dilan Lurr
mister it. 砂川卓也
Fashion Journalist Asley Ogawa Clarke
Fashion Journalist Gianluca Cantaro

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