FEATURE|Obsession and Paradox as seen in two “Martin Margiela”

FEATURE|2つの「Martin Margiela」展からみる執着と矛盾

「マルタン・マルジェラ」展(タカ・イシイギャラリー 京都)Photo: Nobutaka Omote / Courtesy of Taka Ishii Gallery

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」(九段ハウス)

1990年代から2000年代にかけて、ファッション界で特異性を放ったマルタン・マルジェラは、今やアーティストとしても同様に謎に包まれている。これは、彼の作品における「可視性(あるいはその欠如)」という支柱を以って、まさに彼らしいといえるだろう。

メゾンという集合体の意識の元、斬新で革新的な概念を先導したマルタンは、2008年に20周年ショーを機にファッション界を離れ、ビジュアルアートに専念。2019年にはBielefeld Kunsthalle(ビーレフェルト美術館)にて初のグループ展。本格的なアーティストとしてシーンに復帰した。初の個展は2021年にパリのラファイエット・アンティシパシオン・ギャラリー(ラファイエット財団主宰)にて開催された。それから4年の月日が流れ、登録有形文化財である九段下ハウスにて「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」、タカ・イシイギャラリー 京都にて「マルタン・マルジェラ」展を開催。既に両展共に会期は終了しているが、この2つの展示からマルタンのプレゼンスの特徴(表現者と受容者の関係)とアブセンスの特徴(表現者と受容者の距離、自省的態度)を図りながら、マルタン自身や彼の表現が「みる」者に受容される際に生じる「ある」(プレゼンス)と「ない」(アブセンス)との間の揺らぎ、戸惑い、躊躇い、葛藤、自省的考察などの特徴を少しでも明らかにしたい。

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」(九段ハウス)

「マルタン・マルジェラ」展(タカ・イシイギャラリー 京都)Photo: Nobutaka Omote / Courtesy of Taka Ishii Gallery

「再利用」「分解」「変容」を下地に探究、問いかけを続けているマルタン。彼を支える「身体」「日常」「観察」「痕跡」等々の抽象的な概念は、ありふれたものが非凡なものへと変貌を遂げる過程に垣間見える。これらひとつずつが尤も「マルジェラ」の本質的な要素なのだが、今回の展示では特質とされる重要(のようにみえる)部分だけを抽出してそれ以外が捨象されると云うラジカルな手法をマルタンは選択している。静謐な空気に包まれた時空間に作品と観客という異なる立場の者たちが共在する。その時空間の上では、「ある」か「ない」かのどちらに収斂されるのではなく、両者の間の状況において生じており、来場者もこの状況下において、彼の作品を把握する。それだけに、彼の創作道徳の、他所には見られない「きわどさ」が浮き彫りになっていたように思う。

「マルタン・マルジェラ」展(タカ・イシイギャラリー 京都)Photo: Nobutaka Omote / Courtesy of Taka Ishii Gallery

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」(九段ハウス)

両展共に全篇を通じて絵画、彫刻、インスタレーション、コラージュ、映像など、鑑賞体験全体を「マルジェラの脳内を歩いている」ようにも映る。彼の信奉者であれば、作品に共通する多くの主題―匿名性、脆弱性、変容、身体の一部、髪―に気づくだろう。ラファイエットで開催された個展のキュレーターを務めたラマルシュ=ヴァデルは、「マルジェラを長年悩ませてきたこの展覧会の根底にあるコンセプトは、私たちが疎外してきたもの、あるいは価値あるものとして認識できていないものに、いかにして新たな眼差しと尊厳を与えるかという問いです」と語っていた。実際、来場者が最初に目にするのは、外壁一面を覆う巨大なデオドラントスティックのイメージ。これは、身体を工業化し、人工的な香りでより魅力的に見せようとする、日常的なアイテムである。

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」(九段ハウス)

「マルタン・マルジェラ」展(タカ・イシイギャラリー 京都)Photo: Nobutaka Omote / Courtesy of Taka Ishii Gallery

時間、そしてそれをコントロールしようとする私たちの(ある種の「哀れ」な)試みもまた、重要なテーマ。「Bus Stop」は、人々が一般的に無駄な時間と考える時間を過ごす、ありふれた街の家具を再解釈されている。また「Bus Stop」は、冷たく金属的なものから、フェイクファーによって温かく迎え入れてくれる動物へと変貌し、ガラスのショーケースが貴重な雰囲気を醸し出している。「Vanitas」と題された作品は、17世紀オランダ絵画のジャンルのひとつで、死と虚栄心の無益さを描いたヴァニタスにちなんで名付けられ、人生の様々な段階にある女性が描かれている。九段ハウスにて展示された完璧な球体である4つの頭部は、本物の髪の毛で覆われ、色は黒から徐々に灰色、白へと変化していく。マルタンの父親は美容師であり、髪は常に彼の作品における繰り返し現れるモチーフとなっている。またマルタンはラマルシュ=ヴァデルに対し、美術館を訪れる際には巨匠たちの絵画技法を注意深く観察していると語ったようだ。今回の展覧会では、顔を髪の毛で覆い、体毛の持つ不快感を巧みに表現し、その色が時間の経過(そして人々がこの変化をいかに克服しようとするか)をどのように表しているかを探求している。その快感と不快の狭間を揺れ動くマルタンのフェティシズムの真髄を感じさせる。そういった意味ではとても個人的であり、内なる小宇宙に内在されられる感覚と向き合うことになる。

「マルタン・マルジェラ」展(タカ・イシイギャラリー 京都)Photo: Nobutaka Omote / Courtesy of Taka Ishii Gallery

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」(九段ハウス)

では、その小宇宙を作品としてではなく展示という形式として捉えるとどうだろうか。マルタンは作品と現実を曖昧にさせながらもゴールを設定しないことで、すべての作品に内在させる既視感のある感情を経験する、というような未知の惑いを内に置いているのではないだろうか。たどり着くべきゴールを奪われた「みる」者は、自分自身を衝き動かす感情を、どこへどのように振り向ければ満たされるというのだろうか。

何をすれば望みが叶えられたことになるのかも自分で認識できないまま、行き場のない感情にその度顔を曇らせ、作品を「みる」ことを進める。しかし、それでも曖昧さが解消されることはなく、次の瞬間にはまた同じことがはじめから生き直されることになるだろう。このゴールを欠いた不断の「はじまり」も今回の展示の特徴である。形式的な展示は、作家の形式的な「文脈」と「個性」の使用に由来する。それは今回の展示に限った話ではなく、ある程度成熟した物語式の芸術には確固とした語りのコードが見受けられる。そして、重要なことはマルタンが、こうした形式をラディカルに崩す者としてモード界に登場したということ。彼はものそのものではなく「視点」を主役にし、「人間の視点とそこから派生される感覚の一挙手一投足にフォーカスを当てた」ともいえる。それは服から芸術の世界に移行しようと変わらない。ではなぜ、マルタンはこのようなことをしたのか。このように問うと、まるでマルタンが何かを企み、意図的に新しいメソッドを立ち上げたかのようだが、本稿の見立てはそうではない。むしろ何かのはずみで彼の元に生まれたメソッドが、それまでにはなかったリアリティーを獲得したのではないか。それは作られるのではなく、あたかも自然。ここに「らしさ」を巡るラディカルな契機がある。「みる」者はその「らしさ」を切望し、誰よりも早く受け止め、作品によって意味を与える役割を負う。そこにはある種の執着心さえも感じさせる。

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」(九段ハウス)

「マルタン・マルジェラ」展(タカ・イシイギャラリー 京都)Photo: Nobutaka Omote / Courtesy of Taka Ishii Gallery

今回の展示により、いや、それまでのマルタンが服飾史に刻んだレジュメを見ても彼は「再生」をも信じる作家気質にあり、長年にわたりリサイクル素材を用いた作品を制作してきたという事実からも、今回の展覧会は、マルジェラ自身のある種のルネサンスといえる。そして、これが彼の最後の展覧会になることはまずないはず。しかしどうも此処に矛盾を感じてならない。マルタンの作品を「みる」に当たって、矛盾は単なる欠陥ではなく人間存在の本質や表現の深みを捉えるための重要な駆動装置である。言葉と身体の齟齬、感情と理性、個人と集団など、彼の作品には常に解消しきれない矛盾が並存し、それが独特の豊かな揺らぎを生み出している。彼の作品(及び言葉)には、感情を込めずにテクストを棒読みさせているかのようなある意味での演出手法が練られているのではないだろうか。あらかじめ規定された台詞(言葉)を最早決まり文句のように機械的に発することと、生身の人間から滲み出る-もしくは体内から物理的に腐敗していく-あるいは湧き上がる感情や情動との間に敢えて「矛盾」を生じさせることで、却って人の内に秘めた葛藤を「みる」者に強く意識させる。しかしそれには時間の経過があってこそ、浮き彫りになるものであるはずではないか。

「マルタン・マルジェラ」展(タカ・イシイギャラリー 京都)Photo: Nobutaka Omote / Courtesy of Taka Ishii Gallery

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